大棟梁・阿部慎之助選手の思い出
CATEGORY野球
巨人の大棟梁・阿部慎之助選手が引退となりましたね。その功績と存在感はひたすら大きかったです。
僕は阿部選手のプロ初打席、2点タイムリーツーベースをリアルタイムで見ていました(TVでね)。
「プロ初打席でこのチャンス巡って来て、しっかり打てる!この選手、絶対大成するぞ!」
僕はその時にそう直感しましたが、予想通りの大選手になりました。なお、この試合の阿部選手は次の打席でも2点タイムリーヒットを放ち、計4打点。プロ初出場でヒーローインタヴューを受ける、見事なデビューを飾りました。
とは言え、まだ新人の阿部選手、やはりリードが未熟だったようで、先輩の西山一宇投手とサインが合わず、西山投手にマウンドに呼びつけられたり、この年の終盤、優勝争いが激しい頃には、試合途中からヴェテランの村田真一選手と交代となる場面もありました。
「未熟な選手」と公衆の面前で見せつけられて、阿部選手は精神的に相当きつかっただろうなと思います……。
僕は阿部選手のプロ初打席、2点タイムリーツーベースをリアルタイムで見ていました(TVでね)。
「プロ初打席でこのチャンス巡って来て、しっかり打てる!この選手、絶対大成するぞ!」
僕はその時にそう直感しましたが、予想通りの大選手になりました。なお、この試合の阿部選手は次の打席でも2点タイムリーヒットを放ち、計4打点。プロ初出場でヒーローインタヴューを受ける、見事なデビューを飾りました。
とは言え、まだ新人の阿部選手、やはりリードが未熟だったようで、先輩の西山一宇投手とサインが合わず、西山投手にマウンドに呼びつけられたり、この年の終盤、優勝争いが激しい頃には、試合途中からヴェテランの村田真一選手と交代となる場面もありました。
「未熟な選手」と公衆の面前で見せつけられて、阿部選手は精神的に相当きつかっただろうなと思います……。
2001年限りで村田選手も引退。東京ドームで行われた引退セレモニーにて、村田選手に花束を渡したのは阿部選手。まさに新旧交代の場面でした。
そして引退後、即バッテリーコーチに就任した村田氏は、テレビでこう述べました。
「阿部を正捕手として育てますよ。もし阿部がダメなら、どこかから獲ってくるでしょ。巨人の事だから」
阿部選手は2年目にして、早くも一人立ちの期待をかけられる事となりました。そしてペナントに入ると、阿部選手は延長戦での決勝タイムリーに、サヨナラ打4本と殊勲打を連発。よく知られる、「最高でーす」が定着したのもこの年から。リード面でも、投球術に定評のある工藤投手、桑田投手の両ヴェテランに誉められ、攻守ともに大きくスケールアップ。結果、ベストナインとゴールデングラブ賞受賞と、見事に期待に応えました。
しかし、翌年からはなぜかリードがまたおかしくなってしまい、2005年にはチームメイトで、投手でも捕手でもないタフィ・ローズ選手にまで文句を言われる始末。巨人も史上初の4年連続V逸となりました。
確か2006年頃だったと思いますが(2007年だったかも)、阿部選手は打席に立つと、悲しそうな表情をしているのがしばしば見られました(僕が一方的にそう見えていただけかもですが)。チームを優勝に導けない、自分を責めているようにも見えました。
とは言え、打撃の成長は著しく、もともと上手い内角打ちに加え、レフト方向へ打つ技術も向上していった。
2007年から阿部選手は主将に就任。阿部選手がリーダー然とした行動を取るようになったのはこの年からです。それまではチーム内にFA移籍などによる格上選手も多かったためか、どんなに活躍しても行動は遠慮がちだったので、僕としては「変わったな」と思いました。優勝を逃し続けた、責任を感じていたためかもしれません。
さて、この年の4月4日の中日戦、5回表無死一塁の場面で、送りバントを捕球した阿部選手は、一塁ではなく素早い動きで二塁へ送球、ダブルプレイを成立させました。
「これは大きいビッグプレイですね。これはゲームの流れを変えたでしょう」
「今年の阿部君てのは攻守にわたって非常にこう、集中力がありますね」
阿部選手の守備を、解説の掛布氏が称賛していました。さらにこの後、井端選手が二塁打を放ちますが、次打者の荒木選手の打席で、井端選手の離塁が大きいと見るや、阿部選手は素早く二塁へ送球してアウト。つまり、この回の3アウトは、阿部選手のプレイによるもの。これまでは打撃での活躍が目立っていた阿部選手でしたが、この頃から守備での活躍も目に付くようになりました。
同年の6月9日の楽天戦にて、阿部選手はついにプロ初4番に座り、2本塁打5打点の大活躍で、試合終了後はお立ち台へ。前述のとおり、阿部選手はプロ初出場もお立ち台に立っているので、それを彷彿させましたね……。
ちなみに阿部選手と言えば、2012年の日本シリーズで澤村投手の頭を叩いた事が知られますが、この試合のヒーローインタヴューでも、阿部選手はいっしょにヒーローインタヴューとなった内海投手の頭を、ジャビット人形で小突いていました(笑)。
阿部選手の打撃は2009年終盤頃からさらに成長を見せ、打球音が変わりました。それまでは「カキーン!」だったのが、「バキーン!」になり、打球音と言うよりは炸裂音、錐揉みして突き破るような打球となりました。
そしてこの年の日本シリーズ第5戦、9回裏、同点の場面で阿部選手登場。
「サヨナラと言えばこの男、阿部慎之助です」
そのレポーターさんの言葉から30秒後、阿部選手は言葉どおりのサヨナラホームラン!チャンスに強い阿部選手ですが、その中でも特に印象に残っているシーンです。
この頃になると、阿部選手は攻守心においてチームの要。阿部慎之助選手が、ついに完成したと思っていました。
実際、翌2010年のシーズン途中、原監督は阿部選手に対して、「自分が論じていい選手ではなくなってしまった」と評しておりました。これは2002年に原監督が松井秀喜選手に対して送ったのと同じ言葉です。
ちなみに原監督は、これと同種の言葉を、今年、坂本勇人選手にも送っていました。
しかし、阿部選手が完成したと思っていたのは誤りでした。2012年に、阿部選手はさらにスケールアップし、打球音が「バキーン!」から、「グワァラゴワガキーン!」と、炸裂音から爆滅音に変わりました。こんな打球音を放つ巨人の打者は、僕は全盛期の松井秀喜選手しか知りません。そして、2012年に限っては、阿部選手は松井選手以上の打者だったと思います。パワーと確実性と勝負強さと恐怖感が融合した打撃、「どこに何を投げても長打にされる」雰囲気は、江河原高校(後に北沢東高校)の北野選手を彷彿させました。
一方で、阿部選手はコメントを求められた際、受け狙いに行っては外している姿も印象的です。
2007年4月15日のヒーローインタヴューでは、なぜか「ですねえ~」だけしか言わなかったり、、
2009年9月5日のヒーローインタヴューでは、無四球完封した内海投手の投球について、「僕もある頭を絞って頑張りました」とコメントしたり、
オビスポ投手に「岩尾通」のニックネームを付けたりと……、もっとも、ギャグが下手なのも、真面目な阿部選手らしく思いましたが……。
阿部選手のジョークで珍しく面白かったのが、コントロールが悪い福田投手やクルーン投手とバッテリーを組んだ際、「ゴールキーパーのつもりで守りました」と述べた事ぐらいでしょうか。
ただ、このノーコン投手と組む捕手が「ゴールキーパーのよう」と言うのは、当時の著名な巨人ファンサイト、「G-Chaser」さんにて既に使われていたネタでもあり(2005年に在籍したノーコン投手、ミアディッチの投球を述べるのに使っていた)、このサイトが阿部選手のジョークの元ネタの可能性もあるな?とも考えています。もちろん、偶然の一致の可能性もありますが……。
阿部選手、最後の日本シリーズで、4連敗で終戦は残念でしたけど、初戦の阿部選手の先制ホームランは凄かったですね。打球の勢いを見れば、余力があるのは分かりますが、ここで引退も良い引き際だと思います。
来年からは二軍監督に就任との事、いずれは一軍監督となって、巨人の黄金時代を築いて下さい!
阿部選手、これまで本当にお疲れ様でした。素晴らしいプレイの数々、どうもありがとうございました!!!
※今回の記事は、過去に僕がウェブサイトやweblogに書いた内容も交えて作成しました。
そして引退後、即バッテリーコーチに就任した村田氏は、テレビでこう述べました。
「阿部を正捕手として育てますよ。もし阿部がダメなら、どこかから獲ってくるでしょ。巨人の事だから」
阿部選手は2年目にして、早くも一人立ちの期待をかけられる事となりました。そしてペナントに入ると、阿部選手は延長戦での決勝タイムリーに、サヨナラ打4本と殊勲打を連発。よく知られる、「最高でーす」が定着したのもこの年から。リード面でも、投球術に定評のある工藤投手、桑田投手の両ヴェテランに誉められ、攻守ともに大きくスケールアップ。結果、ベストナインとゴールデングラブ賞受賞と、見事に期待に応えました。
しかし、翌年からはなぜかリードがまたおかしくなってしまい、2005年にはチームメイトで、投手でも捕手でもないタフィ・ローズ選手にまで文句を言われる始末。巨人も史上初の4年連続V逸となりました。
確か2006年頃だったと思いますが(2007年だったかも)、阿部選手は打席に立つと、悲しそうな表情をしているのがしばしば見られました(僕が一方的にそう見えていただけかもですが)。チームを優勝に導けない、自分を責めているようにも見えました。
とは言え、打撃の成長は著しく、もともと上手い内角打ちに加え、レフト方向へ打つ技術も向上していった。
2007年から阿部選手は主将に就任。阿部選手がリーダー然とした行動を取るようになったのはこの年からです。それまではチーム内にFA移籍などによる格上選手も多かったためか、どんなに活躍しても行動は遠慮がちだったので、僕としては「変わったな」と思いました。優勝を逃し続けた、責任を感じていたためかもしれません。
さて、この年の4月4日の中日戦、5回表無死一塁の場面で、送りバントを捕球した阿部選手は、一塁ではなく素早い動きで二塁へ送球、ダブルプレイを成立させました。
「これは大きいビッグプレイですね。これはゲームの流れを変えたでしょう」
「今年の阿部君てのは攻守にわたって非常にこう、集中力がありますね」
阿部選手の守備を、解説の掛布氏が称賛していました。さらにこの後、井端選手が二塁打を放ちますが、次打者の荒木選手の打席で、井端選手の離塁が大きいと見るや、阿部選手は素早く二塁へ送球してアウト。つまり、この回の3アウトは、阿部選手のプレイによるもの。これまでは打撃での活躍が目立っていた阿部選手でしたが、この頃から守備での活躍も目に付くようになりました。
同年の6月9日の楽天戦にて、阿部選手はついにプロ初4番に座り、2本塁打5打点の大活躍で、試合終了後はお立ち台へ。前述のとおり、阿部選手はプロ初出場もお立ち台に立っているので、それを彷彿させましたね……。
ちなみに阿部選手と言えば、2012年の日本シリーズで澤村投手の頭を叩いた事が知られますが、この試合のヒーローインタヴューでも、阿部選手はいっしょにヒーローインタヴューとなった内海投手の頭を、ジャビット人形で小突いていました(笑)。
阿部選手の打撃は2009年終盤頃からさらに成長を見せ、打球音が変わりました。それまでは「カキーン!」だったのが、「バキーン!」になり、打球音と言うよりは炸裂音、錐揉みして突き破るような打球となりました。
そしてこの年の日本シリーズ第5戦、9回裏、同点の場面で阿部選手登場。
「サヨナラと言えばこの男、阿部慎之助です」
そのレポーターさんの言葉から30秒後、阿部選手は言葉どおりのサヨナラホームラン!チャンスに強い阿部選手ですが、その中でも特に印象に残っているシーンです。
この頃になると、阿部選手は攻守心においてチームの要。阿部慎之助選手が、ついに完成したと思っていました。
実際、翌2010年のシーズン途中、原監督は阿部選手に対して、「自分が論じていい選手ではなくなってしまった」と評しておりました。これは2002年に原監督が松井秀喜選手に対して送ったのと同じ言葉です。
ちなみに原監督は、これと同種の言葉を、今年、坂本勇人選手にも送っていました。
しかし、阿部選手が完成したと思っていたのは誤りでした。2012年に、阿部選手はさらにスケールアップし、打球音が「バキーン!」から、「グワァラゴワガキーン!」と、炸裂音から爆滅音に変わりました。こんな打球音を放つ巨人の打者は、僕は全盛期の松井秀喜選手しか知りません。そして、2012年に限っては、阿部選手は松井選手以上の打者だったと思います。パワーと確実性と勝負強さと恐怖感が融合した打撃、「どこに何を投げても長打にされる」雰囲気は、江河原高校(後に北沢東高校)の北野選手を彷彿させました。
一方で、阿部選手はコメントを求められた際、受け狙いに行っては外している姿も印象的です。
2007年4月15日のヒーローインタヴューでは、なぜか「ですねえ~」だけしか言わなかったり、、
2009年9月5日のヒーローインタヴューでは、無四球完封した内海投手の投球について、「僕もある頭を絞って頑張りました」とコメントしたり、
オビスポ投手に「岩尾通」のニックネームを付けたりと……、もっとも、ギャグが下手なのも、真面目な阿部選手らしく思いましたが……。
阿部選手のジョークで珍しく面白かったのが、コントロールが悪い福田投手やクルーン投手とバッテリーを組んだ際、「ゴールキーパーのつもりで守りました」と述べた事ぐらいでしょうか。
ただ、このノーコン投手と組む捕手が「ゴールキーパーのよう」と言うのは、当時の著名な巨人ファンサイト、「G-Chaser」さんにて既に使われていたネタでもあり(2005年に在籍したノーコン投手、ミアディッチの投球を述べるのに使っていた)、このサイトが阿部選手のジョークの元ネタの可能性もあるな?とも考えています。もちろん、偶然の一致の可能性もありますが……。
阿部選手、最後の日本シリーズで、4連敗で終戦は残念でしたけど、初戦の阿部選手の先制ホームランは凄かったですね。打球の勢いを見れば、余力があるのは分かりますが、ここで引退も良い引き際だと思います。
来年からは二軍監督に就任との事、いずれは一軍監督となって、巨人の黄金時代を築いて下さい!
阿部選手、これまで本当にお疲れ様でした。素晴らしいプレイの数々、どうもありがとうございました!!!
※今回の記事は、過去に僕がウェブサイトやweblogに書いた内容も交えて作成しました。
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