高級靴ブーム20周年


今年の3月いっぱいでジオシティーズのサーヴィスが終了し、それにより、世に高級靴ブームを巻き起こした、あの伝説の掲示板もなくなってしまいました……。
非常に寂しい限りですが、10年前にも書いたとおり、Noriさんが運営していたあの掲示板があったからこそ、今日のビスポーク・シューズと高級靴の復興があります(ちなみに10年前、日本における"ハンドソーン・ウェルテッド製法"の用語の初出は、雑誌「Men's Ex」99年11月号と僕は書きましたが、実際は99年1月号のようです。ごめんなさい)。
あれから20年。つまり今年は、高級靴ブーム20周年。
以下、伝説の靴掲示板から、アントン・コルフさんの伝説の書き込みを引用。
(前略)私のビスポーク経験をお話します。その前に一言、Noriさんは、Eグリーンがお気に入りのようですね。これだけお持ちで、これだけお金を使っているのですから、「ビスポークは高い」という考えはどうかと思います。ビスポーク・シューズを作ったら最後、あなたはきっとこう思わずにはいられないでしょう。
「今まで、俺はなんて無駄使いしていたんだ。Eグリーン4足分位でビスポークが1足注文できてしまうではないか。でも、履き心地、シェイプの美しさ、満足感は4倍どころではないぞ。10倍?、100倍?、いや、これは全く次元が違うぞ。それに今まではEグリーンこそ美しい靴だと思っていたのに、並べてみると随分Eグリーンはズングリしていてかっこ悪いぞ。革だってあんまりよくないな。色もよくないな。細かなディテールもあまいな。なんでこんな靴に高い金を出していたんだ。」
そうなのです。ビスポーク・シューズを注文したら最後、5~10数万円の既製靴がとっても高く感じて勿体無くなってしまうのです。ビスポークは、軽く、軟らか且つしなやかですしかも丈夫です。大理石の床だって合成底よりも滑りませんよ。底の減りも格段に少ないし。そして、歩いたときに音が全くしないのです。Eグリーンでは斜めに足をついた時(例、歩道の縁など)に底が変に捩じれて足をまもることができない。でもビスポークではしっかりとホールドしてくれ、しかもボールジョイント部できちんとしなやかに曲がってくれる。さらに修理に出しても出来上がったときの状態になって戻ってきます。これは感激です。よく見ると確かに傷があるので新品ではないとわかるほどなのです。ポリッシュされている分、修理前よりも色に深みがあります。既製のように底材が変わって履き心地が全く別物になったり、違うラストを入れて修理をするので形が変わったりということが有りません。そもそも既製の場合、ラストが自分の足型とは違っているので、履き込んだ後の靴に、たとえ本当のラストを入れて修理しても意味が無い。そして、ビスポークを履いた後にお気に入りの既製靴を履いてご覧なさい。今まで一番自分の足型に合っていると思っていた既製靴が、「ここが当たっている、ここはスカスカだ。全然合っていないじゃないか。今まで、なんでこんな靴を履き易いと思っていたのだろう?」となるでしょう。自分の足の感覚の精度が、ビスポーク未経験時では3~10ミリ単位だったのが、ビスポーク経験後は1ミリ未満の当たり・隙間がわかるようになってしまうのです。
以上のお話はジョージ・クレバリーに限ってのお話でした。クレバリーは繊細で華奢でエレガントで美しく履き易く丈夫で言うこと無しです。よっぽど足の形が悪くなければ、他のメーカーと違って素晴らしいシェイプとなります。おそらく日本人男性の60%程度の人がOKなのでは?
(中略)
Eグリーン、ラッタンジにまでたどり着き、紳士靴の世界の道のりを98%くらい達成したと思います。でも残りの2%がすごいのです。この2%の扉をあけたとたん、今までとは全く違った世界の部屋が待っているのです。蟻は2次元の世界に住むと言われる。2次元の世界に住むものは3次元の世界は想像できない。3次元の世界に住む我々人間は4次元の世界が想像できない。X,Y,Zの3本の垂直に交わる線に、さらにもう1本垂直に交わる線のある世界とは? 既製靴とビスポークでは次元が違うのです。既製靴を何百、何千、何万と積み重ねてもビスポークにはならないのです。
(後略)
この掲示板が登場し、この書き込みがあって以降、ビスポーク・シューズへの興味が靴愛好家の間でいっせいに広まりました。これ以前も、ビスポーク・シューズについては雑誌媒体などで紹介はされていましたが、どう素晴らしいのか、いまいち想像し辛かったんですよね……。
Noriさんが掲示板を開設した4月7日は、「高級靴の日」に制定して良いと思います。
この点に、諸事情で称賛するしかない一般メディアとの違いと、アントン・コルフさんの真摯な姿勢が表れています……。と言いますか、アントン・コルフさんの書き込みは、どれも深い知識と見識にあふれ、さらに真面目さ、礼儀正しさ、謙虚さもあるので、ひたすら頭が下がります。そしてアントン・コルフさんは比喩も上手いので、仰りたい事が分かりやすく伝わるんですよね~!
管理人であるNoriさんの初回の書き込みの、(実質的に)次がアントン・コルフさんで本当に良かったと思います。もし仮に、次の書き込みが別の方で、もっと軽薄な内容を書いていたら、この掲示板の方向性も違ったものになっていた可能性もあると思うんですよね。
もちろん、Noriさん、アントン・コルフさんだけでなく、A MANOさん、ムシジロウ師匠をはじめとした、他の識者の方々の書き込みも大変勉強になりました。
そして、この掲示板開設当初には、これから靴作りを学びたいと言う、Yukaiさんと言う若い女性の方も書き込んでおりました。そのYukaiさんに対して、ムシジロウ師匠は下記のご助言をしておりました。
「靴を作れる様になる前に、まずグッドイヤーの靴を御自身で試してみてはいかがですか?論理的な事や知識は勿論大事だと思いますが、どのようなものなのか実感されるのがいいと思います。」
これをリアルタイムで読んでいた当時の僕は、靴職人さんを目指す方に助言するとして、製靴について書かれた本や、良い製靴学校を紹介する発想はあっても、「グッドイヤーの靴を買いましょう」と言う発想はありませんでした。
でも、それからしばらく経ってから分かりました。
「靴を作れる様になる前に、まずグッドイヤーの靴を御自身で試してみてはいかがですか?論理的な事や知識は勿論大事だと思いますが、どのようなものなのか実感されるのがいいと思います。」
ベストですね。この上ない完璧なご助言です。さすがムシジロウ師匠です。
今の僕も全くの同意見です。ウェルテッド製法による靴職人を目指すのでしたら、良質なウェルテッド製の靴を買い、実際に履いて試すのが最上の一歩目です。
さらにムシジロウ師匠はこうも書いておりました。
今後、10年、20年後には欧米の靴に迫れるシューメーカーが日本から誕生する可能性があるのかなーと、楽しみな限りです。
このムシジロウ師匠の言葉どおり、20年後の現在、日本でビスポーク・シューズを注文するために、海外からお客さんが来る事は珍しくなくなりました。そして、松田笑子さん、塩田康博さんをはじめ、欧州にて活躍する日本人靴職人も出て来ました。
10年前の日本の高級靴業界の発展具合も凄かったですが、それから10年後の現在はさらに発展しました。これからさらに10年後は、果たしてどうなっているのでしょうか……。
あの掲示板を通じ、僕に数々の事を教えて下さった皆様に、どうもありがとうございました。
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