1st World Championships in Shoemaking Winner, Patrick Frei in Freiburg(第一回世界靴作り選手権優勝者、フライブルクのパトリック・フライ)
CATEGORY靴・服飾

【Patrick Frei(パトリック・フライ)】
住所:Ferdinand-Weiss-Str. 9–1, D-79106 Freiburg
価格:ビスポーク・シューズ、4,000ユーロ~。シュートゥリー込、税抜き価格。二足目以降は割引有。
採寸時はフットプリントも採取。仮縫い時はトライアルシューズを作成。13-14ヶ月で完成。上記ウェブサイトには日本語版もあります。英語可。

今年4月、ロンドンにて開催された靴作りコンテスト、"World Championships in Shoemaking(ワールド・チャンピオンシップ・イン・シューメイキング)"では、ドイツのフライブルクにて活動する、Patrick Frei(パトリック・フライ)さん(画像右)が優勝。準優勝は、ガジアーノ&ガーリングのビスポーク部門長である、Daniel Wegan(ダニエル・ヴィガン)さん(画像左)でした。
コンテスト上位3名の靴は世界中のセレクトショップにて展示が行われ、10月3日~9日の展示場は日本の伊勢丹新宿メンズ館。そして6日には、パトリックさんと主催者であるJesper Ingevaldsson(イェスペル・インゲヴァルソン)さんが会場にいらっしゃったため、僕もお会いして来ました。イェスペルさんはこれまで何度も来日しておりますが、パトリックさんは今回が初来日だそうです。

そして、僕が伊勢丹に伺った時間には、偶然、Tateshoesの舘篤史さんもいらっしゃっていました。もちろん、舘さんもパトリックさんの靴を鑑賞です。

パトリックさんのコンテスト優勝靴。ドイツと言えばショートノーズのラウンドトウで、重厚なフォルムが主流ですが、パトリックさんの作品は細身で流麗なフォルム。甲は低く、ソールも薄く作られているため、非常にドレッシーな仕上がりです。
出し縫いも1インチ当たり16針と細かく、一般的に、出し縫いが細かければ細かいほどドレッシーなので、この靴のスタイルに合っていますね。もっとも、パトリックさんがメンズドレス仕様のビスポーク・シューズを作る場合は、英国ビスポーク・シューズと同様の、1インチ当たり10-12針が標準仕様だそうです。

パトリックさんのラストメイキングの様子。ラストの素材はブナ。このように斧で荒断ちしてラストを作って行くのは、英国とフランスのビスポーク・シューメイカーで主に行われる手法で、ドイツで行っているのは早藤良太さんをはじめ、少ないです。
パトリックさんはドイツにて靴職人修行をしたものの、他にもオーストリア、イタリア、英国などの欧州各地のビスポーク・シューメイカーを巡り、各店の方法を教えてもらって、自分のやり方に採り入れているそうです。ドイツの靴職人さんながら、作風や手法がドイツらしくないのも頷けます。例えば、公式ウェブサイトの、「手仕事(Craft)」にある、アッパー革を裁断前に湿らせて伸ばす作業は、ウィーンのルドルフ・シェア&ゾーネにインスパイアされた、似た作業との事。

パトリックさんの靴の出来栄えに、驚く舘さん。

舘さんのこの表情が、パトリックさんの靴がいかに素晴らしいかを物語っています!

「軽い!シュートゥリー入っているのに、こんなに軽いんだよ!」
靴を手に取った舘さんが最初に驚いたのが、その軽さです。僕も実際に手に取りましたが、非常に軽かったです。もちろん、シュートゥリー自体も軽量になるよう、ご覧のようにくり抜かれたりしているのですが、それを考慮しても軽かったです。

パトリックさんはラスト、製甲、底付けと言った、靴作り全行程に加えて、シュートゥリーも基本的にはご自身で作っております。とは言え、トゥリーについては、たまに外注もするそうです。
トゥリーの素材は、3ピースの場合は軽量に仕上げられるポプラ、ヒンジ式の場合は作成に剛性が求められるため、堅い素材のブナで作る事が多いそうです。ブナも「軽いから」と言う理由で使う職人さんもいらっしゃるのですが、ポプラはブナよりさらに軽いです。他にも、アルダー、クルミ、チェリー(桜)、さらに高級素材であるマホガニーを使ったりもするそうです。

今回のコンテスト用シュートゥリーについては、素材はチェリー。隣人の桜の木を数年前にパトリックさんご自身で切り、パトリックさんが20時間、ヴァイオリン職人さんが20時間、合計40時間かけて作った力作です。トゥリーは評価の対象外だったそうですが、造形と言い、揃った木目と言い、美しい出来栄えですし、パトリックさんの意気込みとクラフツマンシップが伝わって来ますね。

舘さんはコンテスト優勝靴の、アッパー革の上質さにも驚いておりました。ヴィンテージのイタリアンベビー・カーフを使用しているそうで、シャイニーのうえ、非常に柔らかかったです。インソックスにも、茶目っ気あるデザインをあしらっていますね。
なお、通常のビスポークシューズ製作では、アッパー革はワインハイマー、デュプイ、ゾンタ、アノネイ、トスカーナ製ヴェジタブル鞣しの革を使用。コードヴァンはホーウィンのみです。
ビーディングにはカーフを使用。ドイツや中東欧のビスポーク・シューズの場合、履き口にビーディングは入れない事も多いため、これもドイツ流にこだわらない、パトリックさんらしいですね。

両サイドからこれほど大きく湾曲させてのベヴェルド・ウエストで、出し縫いを隠すのは高難度。それでいて、フィドルバックの造形をこれほど綺麗に仕上げるのも高難度です!トウのメタルチップもM字ラインに削って取り付けられ、さりげなく凝っていますね。
アウトソールは、ご覧のように茶色の半カラス仕上げですが、これは「底面はナチュラル仕上げで」と言うコンテスト規定に反してしまい、5%の減点だったそうです。それにも関わらず、優勝の栄冠に輝いています!
なお、パトリックさんのビスポーク・シューズの場合、底材はレンデンバッハ、キルガー、ガラ&フィスを使用するそうです。
フィラーはコルク、シャンクは木製とレザーを合わせる手法です。ドイツや中東欧のビスポーク・シューズでは、メタルシャンクにレザーを合わせる手法が多いですが、メタルシャンクは空港の金属探知機に反応するため、パトリックさんは木製を使用するとの事です。

斜めから見ると、大きい湾曲ながら、ベヴェルド・ウエストが滑らかに入っているのが分かりやすいですね。

ソールの湾曲が大きいと、立ち上がるアッパーの曲線も大きくなり、滑らかに立体成形するのが難しくなりますが、それも黄矢印のように綺麗な曲線を描いて成形されています。この技術に、舘さんも感嘆です。
コンテスト優勝靴は特別仕様で非常に薄いソールに仕上がっていますが、通常、パトリックさんがメンズドレスシューズを作る場合、ソール+ウェルトの厚さは5-6mmで仕上げるそうです。英国ビスポーク・シューズの場合は1/4インチ(約6.35mm)、オーベルシーだと6mmが標準なので、それらよりももう少し薄い仕様になりますね。重厚なスタイルが主流のドイツのビスポーク・シューズとは、この点もパトリックさんが異なる点です。
なお、パトリックさんがイヴニングシューズ(夜会礼服用の靴。オペラパンプスが代表的)を作る場合は、ソール+ウェルトの厚さは3-4mmとのお話でした。

「このヒール何枚積んでんの!?」
ヒールの積み上げ枚数にも驚く舘さん。パトリックさんによると15-20枚ほどと、通常のメンズシューズの数倍であり、常識外とも言える枚数です。そして、積み上げ枚数が多い分、ヒールが極端に高くならないよう、通常より薄いヒールパーツを重ねています。
積み上げ枚数が多いほど手間がかかるのは言うまでもありませんが、その分、ヒールを水平にしやすく、接地が良くなる利点があります。とは言え、少ない枚数で水平に仕上げるのも、職人さんの腕でもあります。

舘さんは、ヒールの釘打ちの細かさとともに、その釘の細さにも驚いておりました。釘が細い分、何本も打てる利点がありますが、これほど細い釘は日本にないそうです。ヒール上部(日本ではアゴ、英語ではブレストと呼ばれる部分)がM字を描いているのも面白いですね。
コンテスト優勝靴の製作には160時間を要したそうですが、これほどの仕事、手間を見ると、それだけかかったのも頷けます。

パトリックさんの使う釘はフランス製だそうで、日本にないのも納得です。

パトリックさんは底付けの縫い糸に、ヴィンテージの麻糸を主に使用。メイカーはドイツ製、フランス製など、色々お持ちでした。近年、麻の品質低下が著しいとは、靴職人さんの間でよく言われておりまして、ヴィンテージの麻糸の方が丈夫で使いやすいそうです。

こちらはサンプルとして持って来ていた、ヴィンテージの部材。非常に硬いのでヒールに使うそうで、麻糸とともに、パトリックさんの素晴らしいコレクションの一つです!


さらに、伊勢丹メンズ館では、パトリックさんが作成途中のシームレスホールカットも置いてありました。シームレスホールカットは継ぎが全くないため、パターンで立体が出せず、釣り込み作業のみで立体成形せねばならない、職人さんに高い技量が求められるモデルです。

ここからはパトリックさんのサンプルシューズです。パトリックさんはドイツのヴィースバーデンで3年に一度開催される、国際靴職人技能コンクールにも2016年に参加しており、上画像はそのコンクールでの金メダル受賞靴。

この金メダル受賞靴のフィドルバックも、綺麗に仕上がっていますね。トウのメタルチップと、ヒール上部がM字ラインを描いているのも、パトリックさんらしい意匠です。


オーソドックスなデザインゆえの使いやすさを保ちつつも、アイレット横と踵に3本線のエンボス飾りを入れて、パトリックさんらしい遊び心、オリジナリティを出していますね。

車のモーリス・マイナーのトラベラーに触発されたと言うデザインで、内羽根ながらもカジュアルな雰囲気です。アッパーは手染めのホースハイド(馬革、コードヴァンではない)を、太めの糸で粗く手縫いしており、これもカジュアル感を増すのに一役買っています。

ワイルドな表情のカイマンと、妖艶な色むらあるカーフとを組み合わせ、存在感あふれる出来栄えのコンビシューズ。

こちらはレディースのサンプル。手縫いのマッケイ製法のためコバをかなり狭められており、レディースにふさわしい、華奢な仕上がりになっております。

黄矢印のように、アッパーのラインとテーパードさせたヒールとのラインが、連続して綺麗に流れているのも、美意識高いですね。

コードヴァンのサイドゴアブーツ。このブーツは踵にだけしかシームが入っておらず、つまり一枚革によるサイドゴアブーツです。ホールカットのサイドゴアブーツ版と言えば、イメージしやすいかもしれません。
一枚革によるサイドゴアブーツは、J.M.ウエストンなどでたまには見られますが、通常はゴムのある側面に継ぎを作って作成され、一枚革では作られません。なぜかと言うと、サイドゴアブーツのように甲の曲線が広くて大きいデザインを、一枚革で立体成形するのが難しいためです。しかし、パトリックさんは一枚革。しかもカーフより立体成形が難しい、コードヴァンで作り上げております。お見事です!

このコードヴァンによるサイドエラスティックシューズも、シームは踵にのみです。前述のサイドゴアブーツほどではありませんが、こちらも確かな技術が要求されます。

気品あるバルモラルブーツ。

細身のモデルが目立つパトリックさんの作品ですが、上のようにハンガリーをはじめとした中東欧で見られる、サイドウォールが立った、そしてノルウィージャン・ウェルテッド製法と、重厚な雰囲気モデルもあります。

さらにこの靴は、ヒール周りは"Freiburgian welt(フライブルジャン・ウェルト=フライブルク人によるウェルト)"、"Freiburghese(フライブルゲーゼ)"と名付けられた方法でウェルトが取り付けられ、パトリックさんの引き出しの広さが伺えます。
パトリックさんによると、このフライブルジャン・ウェルトはパトリックさんご自身が編み出した方法だそうです。


パトリックさんより頂いた、フライブルジャン・ウェルトについての解説イラストです。通常のノルウィージャン・ウェルテッド製法とは逆向きのL字型でウェルトが取り付けられているのが特徴ですね。ただ、ウェルトを二重に縫う分、出し縫いが大変そうです……。
通常のノルウィージャン・ウェルテッド製法のように、ウェルトが装飾的になりながらも、通常のノルウィージャン・ウェルテッド製法と違ってウェルトの半分が隠れているため、見た目のゴツさが少々抑えられていますね。それでいて、ハンドソーン・ウェルテッド製法やグッドイヤー・ウェルテッド製法より、防水性もあります。

こちらは英国カントリーブーツを彷彿させるデザインですね。使い込む事で革の風合いが深まりやすい、トスカーナ製ヴェジタブル鞣しの革を使用しており、カントリーブーツらしく、天候を気にせず履いてこそ楽しめるモデルです。

ブルー・ジーンズにピッタリな、赤茶色のハッチグレインレザーで作られた、よりタフ仕様のブーツ。そしてウエスト部分は、フライブルジャン・ウェルトで作られています。

羽根の取り付けには1・2のダブルスティッチのうえ、さらに3本目のスティッチをかけて耐久性を高め、ヘヴィーユースに耐えられるように作られております。
※文章の一部は、ワールド・チャンピオンシップ・イン・シューメイキング主宰者であるイェスペル・インゲヴァルソンさんのBlog、「Shoegazing」の記事を参考にしております。
※2018年10月22日15時18分、画像の追加とテキストの加筆・修正を行いました。
※2018年10月22日22時10分、フライブルジャン・ウェルトについての解説画像を追加し、テキストも加筆しました。
※2021年11月27日16時42分、テキストの修正を行いました。
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