Yuki Inoue in Milano(ミラノの井上勇樹)
CATEGORY靴・服飾

【Sartoria Yuki Inoue(サルトリア・ユウキ・イノウエ)】
住所:Via Rembrandt, 63 Milano
価格:ビスポーク・スーツ、35万円~。生地持ち込みの場合は32万円~。
仮縫い2回、約一年で完成。年に三回帰国し、東京、大阪、福岡で注文を取っておられます。

78年生まれの井上勇樹(Yuki Inoue)さんは大阪文化服装学院を卒業後、光洋紳士服工業にて半年勤務し、次にメルボ紳士服工業にて1年半勤務。いずれもCADでのパターン担当だったそうですが、仕事後には会社にいるベテラン職人さんから仕立ての技術を教わっていたそうです。当時はクラシコ・イタリアブームの真っただ中で、よく雑誌でもそう言った特集が組まれていた頃。やはり井上さんもイタリアンテイラーリングへの興味が強まり、02年にミラノに渡り、マリオ・ペコラにてテイラーとして本格的な修行を開始。そして03年にはコロンボに移籍しました。
「コロンボさんは仕事に几帳面で、縫う職人ごとに仕事にばらつきがないよう、クォリティコントロールもしっかりしていました。仕事には厳しく、怖かったです」
このコロンボで腕を上げた井上さんは、05年にLavorante Finito(ラヴォランテ・フィニート)となり、ラヴォランテは職人、フィニートは終了の意味で、つまりスーツの丸縫いまで任されるようになり、最終的には、親方であるコロンボ氏の右腕とも言える立場まで昇格したそうです。お客さんへのスーツ納品時に最終フィッティングが行われますが、その際の直しは裁縫師の最重要ポジションで、それを同店で担っていたのが井上さんです。コロンボには11年まで在籍し、さらにステップアップするべく新しい勤務先を探したところ、多くのサルトリアから誘いが来たとの事。
「自分はフィニッシュまでスーツの丸縫いができますから、色んな所から声がかかりました。フィニッシュまでできる職人は少ないので、どこも探しているんですよ」
井上さんが勧誘されたサルトリアには、イタリア最高峰のA.カラチェーニやルビナッチも含まれていたそう。しかし、規模の大きいサルトリアでは、分業制の中の数工程しかやらせてもらえないのを懸念し、大きい仕事をやらせてもらえるであろう、フェルディナンド・カラチェーニに移籍。
フェルディナンド・カラチェーニでは、まずは同店で40年以上勤務歴のあるチーフカッター、Sergio D'angelo(セルジョ・ダンジェロ)氏の下で三日働き、その三日間で実力が認められて、晴れて入社が決定。
「セルジョは創業者のフェルディナンド・カラチェーニの弟子で、ポジションはチーフカッターですが、テイラー(裁縫師)としても上手い、優れた職人でした」
そして、井上さんはここでも、納品時の最終フィッティングの直しと言う、最重要ポジションを任されていました。
やがて高齢のセルジョさんは引退となり、井上さんは2014年に独立開業。現在は日本、さらにパリなどの海外でもトランクショーを行っております。

ミラノスタイルらしい優美なラインを描く、井上さんのビスポーク・スーツ。現在は全工程をお一人で行っており、丸縫いが可能な井上さんならではです。

サンプルスーツ、斜めからのアングル。

ラペルはやや広めで、黄矢印のようにカーブさせるのが井上さんのハウススタイル。そして、赤線で囲った箇所の内部には、芯地だけでなく、スレキ(薄い布)が入ります。強度を上げて、ラインをハッキリと出す目的だそうです。

他のミラノのサルトリアと同様、基本的に細腹は取りません。

もちろん芯地は出来合い(出来芯)ではなく、井上さんが自らカットし、組み上げる自作です。上画像の台芯はイタリア製で、素材は麻です。

袖の付け根に入る芯、「ゆきわた」も、既に形が出来ている物ではなく、上画像の素材をカットして自作します。

ビスポーク・テイラーでも、ショルダーパッドは出来合いを加工して使うのは当たり前に見かけますが、井上さんはそのショルダーパッドも自作します。上画像はその自作したショルダーパッドで、生地はバイアス(ナナメ)に取るそうです。ショルダーパッドの厚さは5mmほどと薄く、イタリアのスーツらしい、柔らかなラインと柔らかな着心地は、この薄いショルダーパッドも理由の一つです。

ショルダーパッドの中身である綿。

このようにパターンを置いて綿をカットし、用途に応じて数枚重ね合わせて内部に詰め、ショルダーパッドを作ります。
「自分がショルダーパッドを作るのは、ショルダーラインの形成が目的ではなく、肩を前へ開かせるための張力を持たせるのが目的です。だからパッドには、芯と呼べる物が欲しいだけで、それで十分なのでショルダーパッドは薄くなります」
井上さんがショルダーパッドに出来合いを使わず、一から自分で作るのも、その目的のため。
「出来合いのショルダーパッドでも作れなくはないのですが、パッドを開かせるのに、前方部分の大きさが出来合いだと不十分なんです。だから、一から自作します」

井上さんのビスポーク・スーツ、肩の断面です。ショルダーパッドが薄いのが確認できますね。そして、ショルダーパッドが開けば、その下に取り付けられている芯地も開くので、さらに立体的になるとの事。
さらに、佐佐木弥史さんのスーツと同じく、肩に入っている芯地を縫い合わせる際は、糸をきっちり締めず、わざと空間を持たせて縫います。そして、芯地には切込みを入れて"遊び"を持たせ、この切込みを同じ位置ではなく、わざとずらす事で、"遊び"の部分を広くします。この工夫により、肩部分の抵抗が少なくなり、結果、柔らかな着心地となります。

井上さんのスーツはイタリアらしく手縫いが多く、80%が手縫いです。手縫いの方がミシン縫いよりも柔らかく仕上がるのが利点です。肩入れ、袖付けと言った要所はもちろん、上のようにポケット口と言った細かい箇所まで手縫いです。

ベルトループの取付けも手縫いです。

手縫いの箇所には基本的にシルク糸を使用し、ミシン縫いにはコットン糸を使用です。

ただし、お尻中央のスティッチとボタン付けについては、手縫いながらも上画像の16番のコットン糸を使用。ハ刺しも手縫いながら、別のコットン糸を使用です。

スーツの曲線を成型するのに使う道具、"まんじゅう"も、井上さんの自作です。

井上さんが立体成型に使用するアイロンは7kgと、大分重量あります。黄矢印の黒い部分は取り外しが可能で、ここを外せば5kgになるそうですが、基本的には7kgの状態で、その重みを利かせてアイロンワークするとの事。これを片手で操作するのですから、井上さん、相当な力持ちです!
ちなみに井上さんは学生時代、サッカー部で活躍しており、なんと高校三年生時は和歌山県ベストイレブンに選出されたほどの腕(脚)前!そして、サッカー経験者にはO脚が多いので、思わず僕は口にしました。
「やっぱり井上さん、サッカーやっていただけあって、O脚ですね」
「そうなんですよ~。でも、自分が作るパンツはアイロンワークを大分利かせているので、O脚もしっかり補正されて、綺麗なラインが出ますよ」
井上さん、パンツのクォリティにも自信ありのお言葉!

なお、井上さんは古幡雅仁さんのビスポーク・シューズを二足お持ちでして、上はそのうちの一足、チャッカ・ブーツ。
※情報はいずれも、僕が訪問した2015年5月21日時点のものです。
※17年8月20日0時10分、記事の一部を削除し。画像を一枚追加ました。
- 関連記事
-
-
靴磨きは13年にして成らずだが一日にして成るんじゃないの? 2011/06/12
-
BOČAK cipele, Zlatko, and TOMIĆ BOŠKO in Zagreb(ザグレブのボチャク靴店、ズラトコ靴店、トミッチ・ボシュコ) 2016/02/04
-
Greve workshop in Brașov(ブラショフのグレイヴのワークショップ) 2016/01/15
-
コンヴァースのオール・スターを愛用するマンガキャラ Part5 2017/10/15
-
David Young and O'Máille in Galway(ゴールウェイのデヴィッド・ヤングとオモーリャ) 2016/03/09
-
Sartoria Celentano and Sartoria MacArthur in Roma(ローマのサルトリア・チェレンターノとサルトリア・マッカーサー) 2017/02/26
-