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Masahito Furuhata in Milano(ミラノの古幡雅仁)

古幡雅仁さん

【Masahito Furuhata(古幡雅仁)】

仮縫い時はトライアルシューズを作成。半年後に仮縫いし、それからさらに半年後に完成。年に2回ほど帰国し、東京近辺で注文を取っておられます。


古幡雅仁さん

74年生まれの古幡雅仁(Masahito Furuhata)さんはギルド・ウェルテッド・フットウェア・カレッジ(現サルワカ・フットウェア・カレッジ)の第一期生であり、00年から約2年、同カレッジに在籍してハンドメイドの製靴技術を習得。そして02年から03年にかけて、8カ月ほどガットで修行し、04年からはメッシーナをはじめとしたミラノのビスポーク・シューメイカーにて活動。08年10月に日本に帰国すると、東京の赤坂にて独立開業されました。
しかし、後継者に不安のあったマリーニ(ローマ最古のビスポーク・シューメイカー)が古幡さんの技術を欲しがり、それに応える形で古幡さんは13年にマリーニに移籍。マリーニにて、古幡さんはビスポーク・シューズにおける肝心要のラストメイクをはじめ、パターンメイク、クリッキング、ボトムメイキングと多岐に渡って担当。しかし、15年でそのマリーニも退職。
16年1月に日本にいったん帰国した後、同年5月からはミラノにて活動を開始。現在(16年12月)、古幡さんはご自身のお客さんの靴製作をメインに行いつつ、週に二日、スティヴァレリア・サヴォイア(旧バリーニ)の店舗併設工房にて、彼らの靴製作も行っております。


古幡雅仁さんのビスポーク

ガットやメッシーナをはじめ、クラシックなイタリアのビスポーク・シューメイカーでよく見られる、幅のあるスクエアトウが古幡さんのスタイル。アッパーはフレンチカーフ、底材はロッカ、フィラーはコルクシート、シャンクはレザーを使用。そして、履き口のアッパー革とライニングの間に挟み込まれるビーディングは、当たりを柔らかくするべく、キッドを使用。これまで古幡さんが働いて来たイタリアのビスポーク・シューメイカーは、全てビーディングは柔らかい素材であるキッドだったそうです。

そして、古幡さんの靴はどれもコバが張り気味ですが、これはガット最後の靴職人、ガエターノ・ヴァストラ氏より学んだ事だそうです。

「ガットでは修理の事を考えて、コバを張り出してます。オールソールをすると必然的にコバを削るため、それに備えるためです」

この長年の使用に耐えるよう、コバの幅を十分にとるのは、英国の名職人、ジェイムス・マコーマックさんの靴作りにも通じる考え方ですね。

そして、古幡さんはホールカットの注文は受けない(マリーニやスティヴァレリア・サヴォイアと言った、他店経由は別)。

「ホールカットは履いていると型崩れが早いので、注文は受けません。何度か断った事がありますよ。ガットやメッシーナでは、ホールカットの靴は見た事がないです」

これも、靴を長く使ってもらおうと言う思いから。古幡さんが尊敬する、ガットとメッシーナの職人さんたち、その靴作りと精神を受け継ごうと言う意志が、古幡さんの言葉から感じられる。

なお、メッシーナの創業者であるガエターノ・メッシーナ氏は、独立前は初代ガットのアンジェロ・ガット氏の甥に当たる、ダカタにて修行しており、ガットスタイルを受け継いでいる職人さんの一人です。



古幡雅仁さんのビスポーク

古幡さんのUチップも、ガットやメッシーナ譲りのデザイン。

「ガエターノ・ヴァストラやガエターノ・メッシーナから、モカ縫いのパターンを複数譲って頂いたので、このデザインバランスで作れます」

なお、店によってはモカ縫いのパターンなしで縫うため、モカ縫いをする職人さんによって、出来上がったモカの形や、スティッチの間隔がまちまちだったりするとの事。
しかしメッシーナでは、モカ縫いをする職人さんはもちろんの事、底付け職人さんにもモカ縫いのパターンを渡し、デザインの統一を徹底させているそうです。モカ縫いの職人さんにパターンを渡すのは分かるとしても、なぜモカを縫わない底付け職人さんにも、パターンを渡すのであろうか?

「底付け職人が立体成型する際、アッパー革を引っ張るわけですが、その際に引っ張りすぎて、モカ縫いのデザインバランスが崩れたりしていないか、底付け職人に確認させるためです。メッシーナの仕事に対する要求は、めちゃくちゃ細かいです」

そして、ガエターノ・メッシーナ氏は、自らのビスポーク・シューズの写真を撮られるのを嫌ったと言う。

「(写真撮影されて)デザインをコピーされるのが嫌なんですよ」

さらに、イタリアのビスポーク・シューメイカーでは、底材はロッカなどのイタリア製を使用する事が多く、ガットでも底材はイタリア製。しかし、メッシーナは底材と芯材に、高価なガラ&フィス(フランス製)を使用し、接着剤もイタリア製ではなく、良質なドイツ製接着剤のHirschkleber(ハーシュクリーバー、製品名)を使用していたそうです。茶系の革を仕入れても、サンプルと色合いが違っていたら送り返していたとの事。

ガエターノ・メッシーナ氏の、靴作りへの強いこだわりが伺える。そして、そう言った厳しい職人さんに鍛えられたのが、古幡さんの靴作りに活きているのでしょうね。

なお、13年初め頃に、ガットを支えたガエターノ・ヴァストラ氏はご逝去し、15年夏にガエターノ・メッシーナ氏もご逝去。さらにメッシーナ氏の後継者予定だった、息子さんもご逝去されたとの事。現在のメッシーナは、製甲職人であるガエターノ・メッシーナ氏の奥様が運営し、新規客は取らず、既存客にのみ注文を受け付けている。

当然ながら、ガエターノ・ヴァストラ氏、ガエターノ・メッシーナ氏の両名に新しい弟子が生まれる事はなく、この両名の日本人弟子は、永遠に古幡さんのみとなりました。


古幡雅仁さんのビスポークローファー

古幡さんのビスポーク・ローファーも、もちろんガット、メッシーナ譲りのデザイン。


古幡さんのビスポーク・ローファー作成中

古幡さんのビスポーク・ローファーの作成途中、仮釣りの状態の画像です。この後にサドルが縫われるので完成時は見えませんが、黄点線で囲った箇所は太い糸で手縫いしてあり、お客さんが何年も履いても甲のフィッティングが緩くならないよう、丈夫に仕上げてあります。これもガットで学んだ方法だそうです。


古幡雅仁さんのビスポーク・ローファーのストラップ下部

その拡大で、黄点線で囲った箇所が手縫いされています。


古幡雅仁さんの二重キャップ

古幡さんはキャップトウやウィングチップを作る際、ローマやロンドンのビスポーク・シューメイカー、メッシーナ、ルドルフ・シェア&ゾーネなどと同じく、プレーントウの上にキャップ革やウィングキャップを重ねて二重にする(普通は一重)、古式の方法を採用しています。

しかし、一言で二重キャップと言っても、ガット、そして古幡さんは、手法が少々異なります。革が二重になるトウ部分は、上画像の赤点線箇所のように、キッドかゴートの革を接着で接いで、プレーントウに仕立てます。ゴートやキッドだと革が薄い分、革が二重になる箇所のヴォリュームが抑えられてスッキリ見え、立体成型もしやすくなる利点があるためとの事です。

もっとも、ガットも古幡さんもアッパー革が薄ければ、他店と同様にトウ部分にキッドやゴートの革は接がず、普通にプレーントウを作った後に、トウの革を乗せるそうです。


古幡雅仁さんの二重キャップ

そのプレーントウの上にトウの革を貼り合わせる際、ガット、メッシーナ、そして古幡さんはいきなり貼り合わせるのではなく、仮釣りして、ある程度立体成型した後に貼り合わせる、一手間をかけています。

「製甲が外注だと、仮釣りした後にトウの革を縫うのにだけ、再度製甲師に出さないといけないから、手間暇がかかります。でも、それをやっていたのがガットです(メッシーナは製甲は自社)」

この仮釣りした後に取り付けるパーツは、トウの革だけでなく、ローファーのサドルも同様だそうです。なぜ仮釣りした後に取り付けるのかと言うと、ビスポーク・シューズの場合、フィッティングの都合上、ラストは左右、全く同じではありません。しかし、美しく見せるために、ヴァンプからつま先にかけては、左右同じように見せなくてはいけません。

とは言え、パーツをいきなり取り付けて成型すると、その作業中に革が伸びてデザインが崩れ、左右同じに見えなくなる恐れがあります。それを防ぐために、仮釣りしてある程度の成型をした後に、長さや形状を調整したトウの革を取り付け、左右同じに見えるように完成させます。そしてローファーの場合は、サドルもUモカ縫いもない、プレーンな状態でまずは作成し、その後、左右が同じに見えるよう、調整したサドルを取り付け、調整したUモカ縫いを行います。靴の外観とフィッティングの両立に、それほど気を使われております。


古幡雅仁さんの手縫いライニング

古幡さんのビスポーク・シューズのライニングは、足当たりを良くするため、柔らかい素材であるキッドかゴートを使用。そして、内羽根の靴の黄点線箇所は、ライニング同士が重ならないように手縫いして、柔らかく仕上げます。これもガット、メッシーナ譲りの技術で、現在、これを実践しているのは世界的にもわずかです。

なお、他のビスポーク・シューメイカーの場合、製甲(アッパー作成)は外注しているケースも多いですが、古幡さんはその製甲も含む、全行程をご自身で行っております。これは、ライニングの手縫いと言った他では用いられない技術のため、外注しようにもやってくれる職人さんがいないのも理由の一つです。


古幡雅仁さん使用ウェルト

古幡さんは出来合いのウェルトは使わず、上画像のただ細いだけの革を、自ら漉き、溝を掘ったりと加工します。出来合いのウェルトだと、加工できる自由度が狭く、作れるラインが多少制限されるためです。

「でも、メッシーナとかで作っていた頃は、こう言う細い革でもなく、ただ大雑把に切られた革を渡されるだけでした。だから、加工するのも面倒でしたよ」

底付けに使う麻糸も、既に撚ってある糸を使うのではなく、単糸を数本、自ら撚って使う。自分で撚ると、糸の耐久性やスティッチの見た目を自分で調整できる利点があります。

古幡さんのように、部材や糸も職人さんが自ら加工するのは、クラシックな手法を大事にするロンドンのビスポーク・シュー・メイカーと同様。とは言え、現在では、糸や一部の部材に出来合いを使うビスポーク・シューメイカーは普通に存在する。

「フィラーに使うコルクシートや製甲用のミシン糸も、ローマの材料屋にはあるんですが、ミラノでは手に入りません。だから、日本に帰国した時に買っています。昔はミラノでガラ&フィスを仕入れている材料屋もあったのですが、それも廃業してしまいました」

それだけイタリアではビスポーク・シューズの需要が減って来ており、旧き良き時代の技術も絶えつつある。イタリアのビスポーク・シューズ文化が後世に残るかどうか、日本人ながらもその技術を継承した、古幡さんにかかる役割は大きい。


なお、古幡雅仁さんについては、過去に自分のウェブサイトでも一度ご紹介しているので、併せてご覧下さい。

・クラシコ・イタリアの注文靴店 Masahito Furuhata

※16年12月10日21時25分、テキストを一部追記・修正しました。

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