Stephane Jimenez Bottier in Bordeaux(ボルドーのステファン・ジムネズ・ボチエ)
CATEGORY靴・服飾

【Stephane Jimenez Bottier(ステファン・ジムネズ・ボチエ)】
価格:ビスポーク・シューズ、シュー・トゥリーと木箱込で6,000ユーロ~。
半年ほどで完成。店舗はなく、出張で注文を採っておられ、パリ、ローマ、ロンドンでもトランクショーを開催しております。いずれは日本でもトランクショーを行いたいそうです。英語可。フランス語はもちろん、イタリア語、日本語対応可能の方も勤めており、上記ウェブサイトには日本語版もあります。
クォリティにこだわるため、現在、年間生産数20足ほどに限定となっております。

「ステファノ・ベーメルの技術部長である、フランス人のステファンが凄い。彼がステファノ・ベーメルのクォリティを引き上げた」
そんな噂を聞いたのが10年ぐらい前だったと思います。それ以来、僕はステファンさんを気にするようになったのですが、それから少し後に、僕は自分の靴師匠の一人とお会いする機会があったので、そのステファンさんの事も話してみました。
「ステファノ・ベーメルの技術部長に、ステファンさんってフランス人がいて、その人が加入してからステファノ・ベーメルのクォリティが上がったらしいですよ」
「……ははあ、その話、頷けますね。と言うのも、私が見た90年代後半製のステファノ・ベーメルのビスポークは、正直、そんなに良くなかったです。でも、2002年か2003年頃かな?に作られたステファノ・ベーメルのビスポークは、しっかり仕事がされていて、良い出来だったんですよ。いつの間にこんな!?って思いましたから」
靴師匠の話を聞いて、ますますステファンさんが気にかかる僕。さらにしばらく後の08年1月、フィレンツェで活動歴のある靴職人さんとお会いする機会があったので、ステファンさんについて聞いてみました。
「ステファンは、ステファノ・ベーメルでは技術部長と言う立場でしたが、靴作りの全行程ができる人ですよ。それ以前はジョン・ロブ(パリ)の靴も作っていたらしいです。でももう、ステファンはステファノ・ベーメルにいませんよ。故郷のボルドーに帰って、仕事をしていると聞きます」
いつかボルドーに行ってお会いしてみたいと、勝手ながら思っていたステファンさんでしたが、今回の旅でようやくそれが実現しました……。

ステファン・ジムネズさんはフランスの職人養成機関であるコンパニオンを卒業後、ジョン・ロブ(パリ)やベルルッティのアウトワーカー(外注の底付け作業)を務め、01年にステファノ・ベーメルへ。ベーメルにはそれ以前からフランス人職人さんが勤務しており、その職人さんが辞めるため、後釜として入ったそうです。そして前述のとおり、技術部長として腕を揮っておりました。
なお、僕はボルドー以降の旅先で、フィレンツェ時代のステファンさんを知る靴職人さんたち数名とお会いましたが、皆様、ステファンさんの技術と人柄を慕っておりました。
「ステファンさんが入って、ステファノ・ベーメルのクォリティが上がったと聞いたのですが……」
「そのとおりですよ。ステファンがいなければ、今、ステファノ・ベーメルはありません」
そう話す靴職人さんもおり、ステファンさん、まさにフィレンツェビスポーク・シューズ業界の生きる伝説です!
やがて05年に、故郷のボルドーにて靴修理店を売る話があり、ステファンさんはそのお店を買い、ボルドーでの活動を開始。そして15年に、その靴修理店を売り、ご自身の名前のビスポーク・シューズブランドを立ち上げました。ご自身のブランドでは、ステファンさんはメンズの製甲以外の全行程を担当。そして、メンズの製甲とレディース・シューズは別の職人さんが担当しております。

ステファンさんがボルドーで運営されていた靴修理店、「Le Bottier Bordelais(ル・ボチエ・ボルドレ)」。現在はステファンさんはいないものの、別の職人さんが引き継いで運営されております。住所は15 Rue du Château d'Eau, 33000 Bordeaux。
「ステファンはジョン・ロブでも働いていた。だから、機械を扱わせても上手いんですよ!」
これもフィレンツェ時代のステファンさんを知る靴職人さんの言葉です。後に知りましたが、ステファンさんはジョン・ロブのビスポークのボトムメイカーを務め、さらにジョン・ロブのビスポークアトリエ内で立ち上がった、既製靴の主にオールソールを担当する修理工房(場所はビスポークの工房と同じ)の責任者となった実績がございます!ステファンさんはその責任者を2年半ほど務め、ステファンさんが辞めた後に、その修理工房もなくなったそうです。

存在感あふれる見事な出来栄えの、オートバイ用ロングブーツ。ノルヴェジェーゼ製法でダブルソールと、雨や雪が強く当たる、過酷な状況に耐えられる仕様となっております。

オートバイ用なので、左足のみペダル操作のための補強革が付いております。結果としてアシンメトリーとなり、洒落たデザインとなっておりますね。

黄色矢印部分はエドワード・グリーンのドーヴァーのトウに見られるような、縫い目を表に出さないで手縫い、いわゆるスキンスティッチです。スティッチを隠す事により、糸が傷むのを防ぎます。
さらにこのブーツ、黄色矢印以外の箇所も、アッパーは全て手縫いしております!一見しただけでは手縫いとは分からぬ、見事なスティッチワークです。もちろん、底付けも全て手縫いなので、要するにこのブーツ、ミシンを一切使用しないで作っております。
通常、ステファンさんも製甲は他のビスポーク・シューメイカーと同じくミシンを使用し、ナイロン糸で縫製するそうですが、このような手縫いの場合はコットン糸、そして蜜蝋を擦り込んで使用します。この蜜蝋により糸の締まりが良くなり、そして防水性も生まれます。つまりこれも、ハードユースに対応するための仕様です。

傷みやすい履き口の近くには、補強のためにさらに横にスティッチを入れており(黄点線丸部分)、さりげなく一手間かけております。
そして!ストラップ及びアッパーの断面は、傷むのを防ぐためにコバ磨きがされています。このコバ磨きは革鞄や革小物では行われますが、靴で行われる事は少ないです。

通常のストラップは上画像のように断面が磨かれていないため、その断面から荒れてきて、この荒れがストラップの傷みにつながります。しかし、ステファンさんのブーツのストラップは断面が磨かれているため、この荒れを抑えているわけです。
とは言え、コバを磨くと磨いた箇所が固定されるため、柔軟性が損なわれそうですが、このブーツはオートバイ用なので、柔軟性よりも強靭性を重視したのかな?と僕は思いました。
ノルウィージャンスティッチと言い、左足の補強革と言い、アッパーの手縫いと言い、コバ磨きと言い、どれもただ技術を誇示するためとか、飾りとかではなく、"オートバイ用"と言う機能的意味があるのが素晴らしいです!
そして、こう言った細かい技巧だけでなく、釣り込みや掬い縫いなども非常に良い仕事です。まさに傑作と言えるブーツに感嘆しましたが、なんとこのブーツ、コンパニオンの卒業制作作品!つまり、学生時点でこれほどハイレヴェルな靴を作っていたのか!と二重の驚きでした。
そして、コンパニオンでは卒業制作作品が審査され、そのクォリティが認められると、晴れて卒業となるそうです。もちろん、認められないと落第です。その卒業決定時、卒業制作作品を採点した方に自分のニックネームを付けてもらうそうで、ステファンさんが付けられたニックネームは、「bordelais la persévérance」=ボルドー(出身)の根気強い人、だそうです。
コンパニオンは16・17歳で入学し、8年で卒業するのが一般的との事。フランス各地にはコンパニオンの宿舎のようなものがあり、そこで共同生活をし、その宿舎内にはアトリエがあり、コンパニオンの卒業生は、そこで仕事の後や、土日に指導をするそうです。これは非常に良いシステムだとステファンさんは言います。
「この制度により、職人同士、横の繋がりだけでなく、縦の繋がりも生まれます。若者は先達から学べるし、教える側も若者ならではの意見、感性が聞けます」
実際、僕もフランスの靴職人さんと話をすると、お店が異なる職人さん同士でも、お互いをよく知っているのが印象的でした。どうしてなのかと思っていたのですが、なるほど、このコンパニオン制度のためかと納得いきました。もちろん、他国でも職人同士の繋がりはあるのですが、フランスだとそれがより密な印象です。
ちなみにステファンさんはそのコンパオン制度のため、かつてはアントニー・デロス氏(ベルルッティのビスポーク・シューズ責任者)にも教えていたそうです。
「彼(アントニー・デロス氏)はいつも笑顔で、人気者でしたね」

さて、注文となると、まずはお客さんとデザインなどの打ち合わせです。
「お酒が飲めるお客さんには、ワインをお出しして会話をしやすい場を作りますよ。ビスポークはお客さんとのコミニケーションが大事ですから」
言わずと知れたワインの一大産地、ボルドーらしいですね。続いて足の採寸ですが、上画像のように足の周囲をなぞり、そしてメジャーによる計測、さらにフットプリントも採るそうです。場合によっては、トリッシャムで足の沈み込みを採取する事もあるとの事。フットプリントもトリッシャムも整形靴の手法であり、正しく扱うには相応の技術と知識が要求されます。
「コンパニオンに入ると、まずは修理、ハンドメイドシューズ、整形靴、量産靴、全てを学びます。年が進むにつれて、その4つの部門のどれかを専門的に学ぶのですが、最初に身に付けた4部門の知識が、一つの方向に進んだ後も、応用して使えます」
つまり、コンパニオン出身者のステファンさんは整形靴も学んでいるため、扱い方も知っていると言うわけですね。そして、ステファンさんが修理の腕前も立つのも、コンパオンでひととおり学んでいるためなのだろうと感じました。

「ラストメイクは木との格闘です」
中央のラストはつま先が未完成で、全体の形状も抑揚に乏しいですね。この中央の状態から、左のように削り出してラストを作る、パリやロンドンのクラシックなビスポーク・シューメイカーと同様の手法です。
さらに、ラストが中央の状態からでは対応できない、難しい足型の場合は、右の木材を大雑把にカットしただけ状態から削り出すと言う、ラストメイクにも相当手間をかけております。なお、素材はブナです。

斧で荒断ちするところからラストを作るのも、ロンドンやパリのクラシックなビスポーク・シュー・メイカーと同様ですね。

他のフランスのビスポーク・シュー・メイカーさんと同じく、仮縫い時はトライアルシューズを作ります。そして、このトライアルシューズには芯も入っているとの事。
「芯が入ってないと、着用時の痛みが分からないですから」

そしてインソールのくせ付け工程は、ゴムで巻き上げて密着させる手法です。この手法はステファノ・ベーメル時代に共に働いていた、日本人靴職人さんの仕事を見て採用したそうです。
「私はフランス式の方法にこだわっているわけではありません。良いと思った方法なら取り入れます」
くせをつけるために濡らしたインソールに釘を打つと、その釘穴の箇所は黒く変色しますが、この手法だと釘が少なくて済むため、綺麗に仕上がるのが採用した理由だそうです。

参考までに、フランスや英国、イタリアでは、上画像のようにインソールの周囲に釘を打ってラストと貼り合わせ、くせを付けるのが一般的です。もちろん日本でも、この手法は行われております。

滑らかに取り付けられたアウトソールも美しい仕上がりです。アウトソール、インソール、芯材にはガラ&フィスを使用。ただ、インソールにはレンデンバッハを使う事もあるそうです。
アッパーにはデュプイやアノネイ、またはイタリアの革を使用です。
「電話で業者に連絡して革を買う事もできますが、私はそれをしません。必ず自分で革を見に行き、納得した物だけを買います」
革の納入にも、ステファンさんはこだわりを見せておりました。なお、シャンクはレザー、フィラーはコルクです。

まるで博物館の展示のように、整然かつ見栄え良く並べられた工具類。
「うわっ!ステファンらしいなあ!」
フィレンツェにて、ステファンさんを知る靴職人さんにこの写真を見せたら、そう声をあげていました。

革の手動圧縮機です。

シュー・トゥリーは外注で、元ジョン・ロブのラストとシュー・トゥリーメイカーさんが作っております。シュー・トゥリーもビスポークならではの、複雑で流麗なラインを描いていますね。

もちろん、軽量に仕上がるよう、内部は大きくくり抜かれております。

ビスポーク・シューズのサンプルの一つ、ホールカット。これは出し縫いもウェルト内に隠したブラインド・スティッチ(カヴァード・スティッチ)で、ホールカットならではの無表情感を、さらに進めたデザインとなっております。

ご覧のとおり、出し縫いが見えず、マッケイ製法のようにも見えますが、実際は出し縫いがウェルト内部に入っている、ハンドソーン・ウェルテッド製法です。ワルシャワのビスポーク・シュー・メイカーでも見られた仕事ですね。チゼルトウのラインが綺麗に出ているのもお分かり頂けると思います。

そして、ウェルト内部に出し縫いを隠しつつも、ベヴェルド・ウェイストも滑らかに入っており、難しい仕事をしっかりこなしております。

ノルヴェジェーゼ製法で、紅色とワインレッドのコンビシューズ。妖艶な色気漂いますね。

いわゆる、フランスのエスプリでしょうか、パーフォレーションの角度が変わる部分だけ、パンチングが☆型となっております(黄色矢印部分)。よく見ないと分からない、さりげない遊び心ですね。

内羽根のように見えつつ、外羽根の靴。ステファンさんのハウスモデルだそうです。

一見、ごく普通のキャップトウですが……。

実は、アッパーのスティッチが青です。そして、トウキャップやスロートラインなどにかけるダブルスティッチの幅を、通常よりやや広くしており(黄点線)、これにより、キャップトウと言うストイックなデザインも、やや力の抜けた印象に仕上がっております。

これらもビスポークのサンプルです。



レースステイ脇のパーフォレーションを急角度で曲げる事により(黄矢印部分)、チゼルトウならではの鋭角的なラインをさらに強調しておりますね。
靴にしても服にしても、メンズクラシックの分野はデザインがシンプル、かつある程度形が決まっているため、ラインを通常よりわずかに変えただけでも、表情が変わるのが面白いところです。

こちらはオマケです。ステファンさんの工房に置いてあった、今はなきミラノのビスポーク・シュー・メイカー、アルカンドのサンプルです。これも良い出来です!

こちらも、同じくアルカンドです。
ちなみに僕が伺った際、日本語堪能なステファンさんのご友人夫婦が来て下さり、通訳して頂きました♪そして、そのご友人夫婦が仰るには、ステファンさんはご友人たちの間で、"オシャレ番長"で通っているそうです(笑)。
※情報はいずれも、僕が訪問した2015年4月18日時点のものです。
※16年9月19日1時0分、テキストに一部誤りがあったので修正しました。
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