Aubercy in Paris(パリのオーベルシー)
CATEGORY靴・服飾

【Aubercy(オーベルシー)】
住所:34 Rue Vivienne, 75002 Paris
価格:ビスポーク・シューズ(グラン・ムジュール)、シュー・トゥリー込で4,900ユーロ~。MTO(ムジュール)、1,450ユーロ~。既製靴、985ユーロほど。
ビスポーク・シューズは半年で完成。MTOは8-10週間で完成。メンズシューズのみならず、レディースシューズ、鞄、ベルト、革小物なども取り扱っております。英語可。
そして、オーベルシーのクォリティに相応しい技術で行う修理店と、パティーヌの店舗もあります。
修理店の住所は9 Rue de Luynes, 75007 Paris。
パティーヌの店舗は34 Rue Vivienne, 75002 Paris。

70年生まれで三代目当主のXavier Aubercy(グザヴィエ・オーベルシー)さんと、77年生まれでビスポーク・シューズ担当の塩田康博(Yasuhiro Shiota)さん。
オーベルシーは04年~08年までもビスポーク・シューズのサーヴィスを行っておりましたが、以降は消滅状態。しかし、塩田さんの就任によってビスポークも復活となりました。
塩田さんは関西学院大学を卒業後、英国のレスターにある靴学校に1年通い、製靴を勉強。そして、ご自身のコレクションを発表できる展示会を探していたところ、英国よりもパリが良いと知って渡仏。05年~08年はフランスの名門、マサロで勤務し、マサロはレディースのオートクチュール製作も多うメイカーのため、シャネルがコレクションで発表する靴作りにも参加されたそうです。08年~13年はピエール・コルテで勤務し、デザインとパターン作りをメイン業務としつつ、ラストメイクも学んだそうです。マサロとピエール・コルテは同じパリのビスポーク・シュー・メイカーとは言え、スタイルや方向性は大分異なるので、その二つで働いたのは塩田さんの大きな強みですね。そして、13年12月より、オーベルシーのビスポークシューズ担当に就任しました。
パリにおいて、日本人靴職人がビスポーク・シューズ部門の責任者となるのは、おそらく初。パリは言うまでもなく芸術とファッションの都であり、ビスポークの分野でも、ロンドンと並ぶ中心地。当然、競争も激しいです。しかも塩田さんはマサロ時代に、日本人(アジア人)である事を理由に、ご自身は店頭に出ないように言われていたそうです。そう言った厳しい条件下で、ここまで上り詰めたのは凄い事です!

地下にある一室がオーベルシーのビスポーク工房。つまり、塩田さんの作業場です。

塩田さんの作業中。塩田さんの趣味はロッククライミングだそうで、そのせいでしょう、前腕から浮き出る筋肉が目を引きます。力仕事である底付け作業の際、効果を発揮するのでしょうね。
そして、塩田さんはフランス語はもちろんの事、英語も上手く、オーベルシーでの英語の接客も行っています。塩田さんは過去に1年、英国に住んでいたものの、たった1年でこんなに上手くなるのかと僕は驚いていたところ、塩田さんは学生時代に翻訳家を目指しており、その当時は本気で語学に取り組んでいたそうです。しかし、翻訳は他人の作った物を手助けすると言う意味で物足りなく感じ、やがて靴好きが長じて靴職人を目指すようになったとの事です。

塩田さんは靴作りの全行程をこなせる職人さんですが、オーベルシーではラストとパターンメイキングをご自身で行い、以降の工程は基本的に外部の職人さんに委託しております。しかし、ご自身で行う事もあるそうで、工房内には製甲ミシンや、底付け用の工具も置いてありました。

ビスポーク・シューズの採寸では、足の底面はもちろんの事、側面からもなぞってデータを採るのが塩田さんの特徴です。

そして、塩田さんがかつて勤務していたマサロは整形靴にも力を入れており、その影響もあってでしょうか、塩田さんもフットプリントも採ります。塩田さんによると、マサロ時代に交流のあったラスト屋さんから、ラストメイクについて多くの事を学んだそうです。

製作前のラストの状態。ロンドンのクラシックなビスポーク・シュー・メイカーと同様に、パリでもまだ形を成していない未完成の状態から、全面削り込んでラストとして機能する形を出します。

底面の曲線も緩やか、つまり未完成のため、この箇所も塩田さんが削って成型します。

さらになんと、シュー・トゥリーも未完成の状態から、塩田さんがご自身で仕上げます。上画像の棚には、まだ踵が成型されていないシュー・トゥリーが置かれていますね。ミッキー・チャガーさんと同様、ラストメイカーさん自らトゥリーを手がけるのは、精度が高そうで頼もしいです。
そして素材も、ラストは硬く、気候による変化に耐えやすいシデを使用。シュー・トゥリーには軽量のため持ち運びしやすいブナを使用と、区別しております。

ラストメイクの際、最初はヤスリではなく、斧で荒断ちするのも、ロンドンのクラシックなビスポーク・シュー・メイカーと同様の手法です。最初は荒断ちしなくてはならないほど、形を成してない状態からラストを作っているとも言えます。

塩田さんは仮縫いの際、セメント製法によるトライアルシューズを作ります。仮縫いの際、トライアルシューズを作らないメイカーも普通にありますが、塩田さんがトライアルシューズを作る理由としては、「実際に刻んでみないと、足が当たっている様子が分からない。そして、お客様が当たっていると申告しても、それがアテにならない事もあるため」とのお話でした。

フィラーにはコルクシート、シャンクにはレザーを使用。ただ、体重がある人の場合、レザーシャンクだと支えきれないため、木製シャンクを使用するそうです。

ビスポーク・シューズのアッパー革はフレンチカーフかワインハイマーを使用。もちろん、エキゾティックレザーも揃えております。

底材や芯材にはガラ&フィスを使用です。もちろん出来合いではなく、パーツは全て、上画像のような革の大判から切り出して使用するとの事で、相当な手間とこだわりです!
そして制作時、仮止めに用いる接着剤も、化学的な物は使わないとのお話でした。

僕が訪問時に作成中だった、塩田さん作のビスポーク・シューズのサンプル。長めのノーズがいかにも昨今のフランス靴で、大胆なカラーリングに、パーフォレーションをレースステイ付近には入れない変則性と、目を引きやすいデザインですね。

塩田さんがビスポーク担当となって、初のお客様の納品に偶然立ち会う事ができまして、上がその完成品です。ジョン・ロブ・パリにも似た優雅なシェイプですね。

一見、ごく普通の内羽根プレーントウながら、ヒール脇に入れたモノグラムが、注文主さんのこだわりとの事でした。

塩田さんがビスポーク担当となってからは、シームレスヒールをビスポークの標準仕様としたそうで、やはりこれもシームレスヒールですね。

塩田さんが手がけたビスポーク・サンプル。塩田さんはクラシックなデザインがお好きとの事で、これもそのとおり、ごくプレーンなパンチド・キャップトウです。とは言え、長めのノーズや、スクエアトウのラインに、現代的なフレンチシューズの雰囲気を感じます。

オーベルシーの人気モデル、「Lupin(ルパン)」のビスポークサンプル。もちろん、このモデルはMTOや既成靴でも購入可能です。

ローファーと言えばご存知のとおり、ストラップの飾り穴は普通一つですが、これは二つとオリジナリティあります!そして、クールな表情をした顔のようにも見える洒落っ気と、秀逸なデザインです!「Lupin(ルパン)」のモデルネームは、もちろんアルセーヌ・ルパンが由来であり、デザインだけでなく、ネーミングも良いなと思いました。

オーベルシーのビスポークの場合、シングルソール+ウェルトの厚さは6mmが標準だそうです。英国のビスポーク・シューズも、シングルソールでドレス仕様だと1/4インチ=6.35mmが一般的なので、ほぼ同じくらいで似ていますね。
なお、僕が所有するウィーンのマテルナのビスポークは、シングルソール+ウェルトで8mmでした。一般的に、ソールが薄いほどドレッシーで、この点でもそれぞれのスタイル観の違いが伺えますね。ただし、僕のマテルナはドレス仕様と特に伝えずに注文したので、もしドレス仕様と伝えれていれば、もっと薄くなっていた可能性はあります。

こちらもビスポークのサンプル。ロングノーズが多いですね。

フレンチシューズらしく、上画像のビスポーク・サンプルのようにパティーヌも受け付けております。ただ、他ブランドとは違い、濃淡などは控えめに仕上げるのがオーベルシースタイルだそうです。

こちらもパティーヌを施したビスポークサンプルです。

オーベルシーのMTOのサンプルです。オーベルシーのMTOはイタリアの工場製で、革やラストが選べるのはもちろんの事、なんとデザインの変更も可能と、自由度が高いのが嬉しいです!ただし、他ブランドのデザインのコピーは不可との事。さらに場合によっては仮縫いもあり、それでいて料金のアップチャージもなしと、他店のMTOと比べてサーヴィスが良いですね。
MTOは基本的にマッケイ製法ながら、掬い縫いも入っているとの事で、不思議な?作りです。そして、釣り込みと掬い縫いはハンドで行われ、手間がかかっておりますね。そして、要望があれば、ハンドソーン・ウェルテッド製法も可能です。
フランスのブランドながら、製造をイタリアで行っている理由を、グザヴィエさんに伺いました。
「お客様の細かい要望に応えてくれる工房が、イタリアにしかなかったのです。昔はフランスにもそう言った工房があったが、今はなくなってしまった。オーベルシーは閉鎖的ではないので、良い物を作るためにはフランス製にこだわりません。フランス以外に優れているところがあれば取り入れていきます。ただし、フランスのエスプリは残していく。それが重要です」
フランスのエスプリさえあれば、フランスメイドにこだわらない姿勢は、日本人ながらフランス流を鍛え込まれた塩田さんを、ビスポーク担当に据えた理由にも通じるのかなと思いました。

引き続き、MTOのサンプルをご紹介します。

MTOのサンプルはグザヴィエさんか過去のお客さんがデザインしたもので、プレーンな物より一風変わったデザインが多いです。




今ではラインナップしているお店が少ないボタンアップブーツも、オーベルシーではMTOが可能です。

ここからは既製靴のサンプルで、MTOと同じイタリアの工場で作られています。

ルパンのラバーソールのモカシンもあります。

なんとスニーカーもありまして、これもドレスシューズと同じイタリアの工場製です。企画から実現まで2年かかったそうで、こう言った要望も受け入れてくれるのが、イタリアの工場はありがたいとグザヴィエさんはお話しされていました。ちなみに価格は750ユーロ。

さらに、オーベルシー秘蔵のアンソニー・クレヴァリーのビスポーク・シューズも見せて頂きました。オーベルシーの創業者のご友人が靴コレクターで、その方から譲り受けた品だそうです。

流麗なフォルム、そしてチゼルトウは、まさにアンソニー・クレヴァリーのスタイルそのものです。ドレッシーに見えるよう、コバも大分隠しており、それでいて細かい出し縫いと難しい仕事です。もちろん、ハンドソーン・ウェルテッド製法です。
ヒールが高く、ソールも薄いのでレディースかと思いきや、サンプルとして作られた物なので、特にメンズとかレディースとかは気にしないで作ったのだろうとの事です。確かに、ソールはまったく汚れてなく、誰かが履いた形跡もなかったので、やはりサンプルなのでしょうね。

インソックスに、当時、お店があった住所が書かれていました。

このアンソニー・クレヴァリーのビスポーク・シューズはソールが大分汚れていたので、どなたかが注文した品です。その注文主さんの要望のためでしょうか、アンソニー・クレヴァリー本来のスタイルとは異なり、チゼルトウではなく、エッジも立たない緩やかなシェイプですね。

これもアンソニー・クレヴァリーのビスポーク・シューズで、どなたかの注文品です。チゼルトウっぽくありますが、シェイプは流麗とは言い難く、やはり注文主さんの足型も影響してくるのでしょうね。ちなみにクレープソールでした。
そして、このアンソニー・クレヴァリーを見ながらの最中、塩田さんが気になる事を言ってました。
「昔の靴は良いんですけど、100点満点と言える、本当の意味での良いクォリティとはあまり出会えないんですよね。どこか、仕事にアラがある」
伝説的名職人で知られるアンソニー・クレヴァリーの靴についても、塩田さんは言いました。
「平均して、このレヴェルの仕事をしているのは素晴らしいですね。目標にするべき靴職人の一人です。平均90点は付けられます。でも、100点満点ではない。細かいところを見ると、仕事のアラはあります」
これを聞いて、僕は驚きました。フォスター&サンで松田笑子さんが言った言葉と、ほぼ同じ事を言っているからです。
塩田さんと松田さん、お二人に共通するのは、日本人ながらヨーロッパの有名靴店でのビスポーク・シューズ責任者である事。そのお二人が、往年のビスポーク・シューズ黄金期のクォリティに満足していない!
かつて欧米にあったビスポーク・シューズ黄金期が再びやって来るのか。そしてそれは、日本人靴職人が大きな役割を果たすのかも……。そんな思いが頭をよぎった、塩田さん、松田さんの言葉でした。

店内の様子です。

店舗の外観です。
※情報はいずれも、僕が訪問した2015年4月10・11・15日時点のものです。
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