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The former Kilgour, French & Stanbury Noel Coccia, Seiko Suzuki, and Hideo Takeshita(元キルガー,フレンチ&スタンバレーのノエル・コッチャさんと鈴木聖子さん夫妻、そして竹下英雄さん)

ノエルさん、聖子さん、僕

「キルガー(,フレンチ&スタンバレー)時代の同僚で、日本人と結婚した友人夫婦がいます。今でも年に一度、日本で会って食事しすよ」

元キルガー,フレンチ&スタンバレーの礼服担当である、竹下英雄さんが生前に話しておられました。

「今度、ご紹介しますよ」

竹下さんから有り難いお言葉も頂いてたのですが、それは果たせぬまま、竹下さんは05年3月24日に他界。しかし、今回の旅でそのご夫妻である、Noel Coccia(ノエル・コッチャ)さんと鈴木聖子(Seiko Suzuki)さんご夫妻(冒頭画像の左と中央)とお会いするのが実現!貴重なお話をたくさん伺えました!どうもありがとうございました!

僕が訪問時、ノエルさんは69歳。もちろん、スーツもコートも丸縫いができるテイラーさんで、特にヴェルヴェットの仕立てに長けており、キルガーでのヴェルヴェットの服はこのノエルさんが手がけていたそうです。生前の竹下さんも、「ヴェルヴェットの扱いは自分より上」と話していたとの事。
ノエルさんはイタリアのマルタ島ご出身で、お父様はそのマルタ島唯一のメンズテイラーだったそうです。そして、ノエルさんが2歳の時に英国に渡り、レディースのテイラーに転身。クリスチャン・ディオール(の前身の会社)やノーマン・ハートネルの下でスーツを作り、そして60年に、(今も)ダブリンの大通りであるグラフトン・ストリートにて、「Noel La Romawa Fashion(ノエル・ラ・ロマワ・ファッション)」と言うレディース・クチュールのお店を開業された、大きい実績がございます。

「父はゴールデン・テイラー。私の才能は父譲りだ」

そう話すノエルさんも、テイラーとなるべくテイラー学校に通った後に、小さなテイラーで2年ほど修行。そして22歳でキルガー,フレンチ&スタンバレーに入り、10年ほどご勤務されたそうです。

奥様の鈴木聖子さんは、日本ではテレビ局にて衣装のお仕事をされており、24歳の時、レディースのテイラーとなるべくロンドンへ。ただ、本来はパリに渡るのを目指していたそうで、ロンドンは一時滞在のつもりだったとか。そしてロンドンでは、昼間は洋服店で働き、夜にキルガー,フレンチ&スタンバレーにてテイラーレス(ボタンホール作成、ボタン付などのまとめ作業)のお仕事。何でも、サヴィル・ロウ・テイラーでは職人さんが自分のお給料の中から、テイラーレスをする人を雇っていたそうです。その時に聖子さんはノエルさん、竹下さんをはじめとした、サヴィル・ロウの職人さんたちと知り合い、やがてノエルさんとご結婚されたそうです。

「サヴィル・ロウで働いていた当時の日本人職人さんたちは、お金もなくて、食事とかは安い所で済ませていたわね。お金の事は考えずに仕事をしていた感じ。竹下さんはよくカジノで遊んでいたわ。あの人は永遠に青年で、日本に帰国して、年をとった後も儲けとかは考えず、自分が満足する仕事ができればそれで良いと言った感じだった。竹下さんのスーツ作りはほとんど趣味よ。スーツと言うより、芸術を作っていたから。結婚していなかったのもあったかもしれない」

聖子さんが、思い出話をして下さいました。




ノエルさんの自宅

ノエルさん、聖子さんご夫婦の宅内。さすがはアルティザンのお宅だけあって、家具と言い、調度品と言い、配置も色合いも、モデルルームそのままのように素敵です!


ノエルさんの自宅

美しい質感の家具類。


聖子さんの絵

そして宅内では、聖子さん作の風雅な日本画がたくさん飾られていました。元々聖子さんは絵がお好きで、そこから服飾への興味を持ったそうです。


聖子さんの絵

美しい色調ですね。


ノエルさんの作業場

ノエルさんはキルガーをご退職後は、サヴィル・ロウ・テイラーのアウトワーカーをしつつ、個人で注文を受けるビスポーク・テイラーとして活動。そして聖子さんは30年もの間、フリーランスでレディースのテイラーをされていたそうです。外国人である日本人女性が、30年もフリーで活動するって凄いです!現在はお二人ともテイラーのお仕事は引退されたそうですが、ご自宅内に作業室がございました。

そして、ノエルさんは74年に1年ほど日本に住み、テイラーリングを教えていたそうです。奥様が日本人と言う事ももちろんあって、ノエルさんは少し日本語が話せ、さらに空手初段の腕前です。英国と日本、双方のテイラーを知るノエルさんに、その違いを聞いてみました。

「英国人は体型を円錐に考えて立体を作る。しかし、日本人は平べったく考えている。縫製は日本人がベターだ。でも、フィッティングとスタイルは英国だね」
「考えながら作るのが大事。考えながら立体を作るんだ」


ノエルさん製スーツ

ノエルさん作のサマースーツ。芯地はもちろん自作で、台芯には毛芯ではなくアイリッシュリネンを使用しており、これがキルガー流だそうです。アイリッシュリネンの芯は柔らかいので、着心地が良いとの事。そして、重要なハ刺しについては、ラペルは細かく、チェストはやや粗め、ショルダーパッドは柔らかくするために粗く刺すのが良いと、ノエルさんのご説明でした。

なお、日本のビスポーク・テイラーは出来芯を使用するのが一般的ですが、竹下英雄さんは日本に帰国後も出来芯は使わず、自作していたそうです。台芯の素材についても、「晩年は知らないが、私の知る限り、英雄は日本でもアイリッシュリネンの芯地を使っていた」とノエルさんはお話されていました。そして、日本のテイラーではしばしば用いられる仮止め用のノリも、サヴィル・ロウ・テイラーでは使用しないとの事。

あと、このスーツはご自身用と言う事もあって袖のボタンは3つですが、サヴィル・ロウ・スタイルは袖のボタンは4つで、ボタンホールの上二つがダミー(開いてない)で、下二つが開いているとの事でした。


ノエルさん作のアームホール

手縫いで仕上げられたアームホール。よくサヴィル・ロウ・スーツの特徴として、アームホールが高い位置に設計されている事が挙げられますが、これはそのとおりで、「アームホールは上に付けるべき」と、ノエルさんもお話しされていました。そして、昔からサヴィル・ロウではミシンもよく用いられていたものの、キルガーではハ刺しはもちろんの事、袖付け、肩入れ、襟付けなど多くが手縫いで、他のサヴィル・ロウ・テイラーと比べて手縫いが多いテイラーだったそうです。これは生前の竹下さんも、同様の事を話しておりました。

あと、僕が事前に調べていた事によると、サヴィル・ロウ・テイラーではデザインに関わるところも、箇所によってはカッター(裁断師)ではなくテイラー(裁縫師)が決めるそうで、これも本当でした。例えば、ラペル(下襟)のアウトラインはカッターではなく、テイラーが決めるそうです。やはり作っていくうちに、最適と思われるラインはテイラーの方が分かると言う事でしょうか。


ノエルさんのボタンホール

もちろん、ボタンホールもシルク糸による手縫いです。ボタン付けはワックスを擦り込んだコットン糸を使用。そして、昔のキルガーは全てホーンボタンだったそうです。


ノエルさんのネーム

ノエルさんのブランドネーム。


ノエルさんの指貫

「指先が空いてないのが、日本の物とは違う点だよ」と言う、ノエルさん使用の指貫。


ノエルさんくせ付け用台

アイロンワークのための台で、これに生地を乗せて、くせを付けるそうです。


ノエルさんボタンホール用器具

ボタンホールを空けるための器具で、穴を空ける箇所の大きさがそれぞれ異なりますね。


ノエルさん使用馬毛ブラシ

スーツ用ブラシは柔らかい馬毛を使用されていました。


ミニミシン

作業室に飾られていた、名刺大ぐらいの大きさしかない、ミシンの置物。小さいながらも精巧な作りにびっくりです!


竹下英雄さんとノエルさん

さて、こちらは往年のキルガー,フレンチ&スタンバレーの工房での、竹下英雄さんの仕事の様子です。

「英雄と私は作業台が隣同士だったんだ。だから、彼の仕事の様子はよく知っている」

ノエルさんの言葉どおり、竹下さんの体に隠れていますが、その後ろにノエルさんの姿が見えますね。ノエルさんによると、当時のキルガーの工房内にピュアイングリッシュ(純英国人)は一人もいなかったそうで(もちろん、店頭に立つ人は別)、イタリア人、日本人の他は、ギリシャ人、ユダヤ人だったとか。

そして、キルガーやサヴィル・ロウの工房内で働く裁縫師さんたちのお給料は、基本的に出来高制(ピースワーク)だったそうです。ただ、ハンツマンは固定給だったそうで、ハンツマンは職人さんがスーツを丸縫いするのではなく、一着作るのに肩入れ、袖付け、上襟がけなど、作業を分担しているので、そのためなのかもしれません。


竹下英雄さんとアダム・エスポジットさん

左が竹下英雄さんで、右が当時のキルガーのチーフカッターである、 Adam Esposito(アダム・エスポジト)さん。この写真からしばらく後の、87年10月7日に、アダムさんは日本でキルガー式テイラーリングの講習会をしており、その講習会でテイラーリングの実演をされたのも竹下さんです。


竹下英雄さん製礼服

上画像は、当時のキルガーがコレクションに出品した礼服で、もちろん礼服担当だった竹下さん作です。

「礼服はテイラーリングで一番難しい。英雄はキルガーでその礼服担当。英雄はキルガーで最高のテイラー。そして、私が知る中でサヴィル・ロウ最高のテイラー。エクセレントテクニシャン。彼のスーツは他とは違う、アートだ。心に響く。彼はオンリーワンだ」

ノエルさんは竹下さんの腕前に賛辞を惜しみませんでした。竹下さんは無口でおとなしい性格ゆえでしょうか、なかなか表に出て来ない方でしたが、それほどの技術と実績を持つ日本人職人さんが40年前にいたのか……と、改めてその凄さに感嘆しました。

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