Saint Crispin's workshop in Brașov(ブラショフのサン・クリスピンのワークショップ)
CATEGORY靴・服飾

【Saint Crispin's(サン・クリスピン)】
住所:Calea Feldioarei 26E, 500483 Brasov
04年12月以来、サン・クリスピンの工房にお邪魔して来ました。現在は当時とは別の場所に移転しており、職人さんの数もずっと増え、その成長ぶりが伺えました。下記から工房の様子を報告させて頂きますが、04年時の報告と比べると面白いかもしれません。価格については各取扱店次第で、ただ、サン・クリスピン公式サイトでは一部モデルがオンライン・ショッピングでき、価格もご覧頂けます。ビスポークではトライアルシューズを作成します。

04年当時から現在も工房を支える、左がラストメイカー兼シュー・トゥリー部門長のConstantin Mihalcea(コンスタンティン・ミハールチャ)さん、中央が製甲部門長のElena Doloiu(エレナ・ドロイウ)さん、右がエレナさんのお兄様で、工房長かつクリッキング担当のVasile Doloiu(ヴァジレ・ドロイウ)さん。
ちなみにエレナさんは、04年12月11日の午前中、工房にて一人で仕事をしていると、何やら聞こえてくるドアをノックする音。出てみると、そこには自分よりも背が低い、見た事もないアジア人男性。そのアジア人男性は何やら怪しい動きで工房の中を見たいと言っているようだ。そこで、工房内に入れてあげた、心優しい方です。

ラストとシュー・トゥリーの作成室。04年は担当職人さんは二人だけでしたが、現在ではやはり増えていますね。以前にも書きましたが、既製靴メイカーでもビスポーク・シュー・メイカーでも、シュー・トゥリーまで自社製と言うのは珍しく、ありとあらゆるサイズ・ラストにその場で対応できるのは、ビスポークとMTMを手がけるメイカーとして大きな強みです。

04年時、ラストメイク担当は代表のMichael Rollig(ミヒャエル・ローリッヒ)さんでしたが、やがてこのミハールチャさんもラストメイクに携わるようになったそうです。なお、ローリッヒさんは13年に退社しております。サン・クリスピンでは、ビスポークでは木製ラストを使用し、既製ではプラスティックラストを使用。そしてMTMでは、修正が少ない場合はプラスティックラストを使用し、修正が大きい場合は木製ラストを使用するそうです。

シュー・トゥリー作成は、まずはこの電動ノコギリで木材をカットし、形を出します。

次にドリルで中空にします。シュー・トゥリーが中空になっているメイカーは他にもありますが、サン・クリスピンは他よりもその中空部分が大きく、軽量です。


そして、その中空部分にヤスリをかけて滑らかに仕上げます。

もちろん、表面も滑らかにします。この作業も手作業ですね。

クリッキング兼革のストックルーム。クリッキングで要求される革の様子の見極めがしやすいよう、日光が入る窓のすぐ前に作業台がありますね。

クリッキングは04年時と同じく、元ボノーラで、工房長のヴァジレさんが今でも一手に引き受けていました。見たところ、サン・クリスピンに抜き機はなく、クリッキングは全てハンドのようです。

アッパーは80%がデュプイで、20%がイタリア製。イタリア製カーフはハンドペイント用です。ちなみにデュプイは業者を通さず、直接仕入れているそうです。

ハンドペイントを施すために、乳白色に脱色されたクロコダイル。

製甲ルーム。他の工房でも、製甲担当は女性職人さんが多いですが、やはりサン・クリスピンでも全員女性が担当しています。これもクリッキングと同じく目を使う作業のため、窓のすぐ前にミシンや作業台が置かれていますね。

04年訪問時は製甲をお一人で行っていたエレナさんも、現在は製甲部門長として複数の職人さんを束ねます。

漉き作業は機械との併用です。

もちろん、手漉き作業も欠かせません。

パンチングも抜き機を使う事なく、手作業です。手作業だと、どんなサイズやデザインにも対応しやすいのが長所ですね。

ベルトも自社工房製で、ご覧のとおり、手作業で慎重に表革とライニングを貼り合わせていました。

釣り込み、掬い縫い、ポリッシングが行われている部屋です。

インソールも一つ一つ手作業で溝を彫って加工していました。手作業で自分で加工すると、靴それぞれの個性に合わせて、理想とするライン、デザインにしやすいです。ちなみにこの職人さんも、04年時から働いておられます。

もちろん、釣り込みもハンド。一言でハンドの釣り込みと言っても、中には打ち込む釘の本数が不十分で、立体成形が甘いケースもありますが、サン・クリスピンではご覧のとおり、十分な本数が打たれています。

ハンドのモカ縫いができる職人さんを抱えている事も、サン・クリスピンの強みですね。その分、作れるデザインのヴァリエイションが広いです。

掬い縫いも当然手縫いです。そしてフィラーはコルクシートで、プラスティックの混ぜ物の入ってない天然コルクとの事。天然コルクだと、弾力性に優れるメリットがあります。シャンクはレンデンバッハのレザーを使用。
なお、コルクフィラーについて、グッドイヤー・ウェルテッド製法(つまりマシンメイド)の場合は練りコルク(粒コルク)が主流です。練りコルクは靴に合わせて、盛る量の調整がしやすい利点があるものの、使っているうちに寄ってしまいます。一方、ハンドソーン・ウェルテッド製法のサン・クリスピンでは、前述のとおりコルクシートを使用。ハンドソーン・ウェルテッド製法だとフィラーも薄い物で十分のため、コルクシートになるとも言えます。
ちなみに、ハンドソーン・ウェルテッド製法でコルクフィラーを用いる場合、日本だと練りコルクを使用するのも珍しくありませんが、ヨーロッパだとサン・クリスピンのようにコルクシートの方が一般的です。

アウトソールとヒールの取り付け作業の部屋。

出し縫いに用いられる、手動の出し縫い機。これはドイツではよく見られますが、他国では珍しいです。ただ、ビスポークでは出し縫いもハンドで行うそうです。なお、この画像のみ04年12月に撮影です。

サン・クリスピンの特徴の一つ、ウエスト部分の木釘留め。木釘を用いる事により、この部分のコバが不要になり、靴をグラマラスに見せる事ができます。中にはこの部分だけマッケイ製法にしてコバ不要にしている靴メイカーもありますが、マッケイ製法だとこの箇所にウェルトがないため、修理がし辛くなるデメリットがあります。しかし、サン・クリスピンの場合は木釘で留めているためウェルトがあり、修理が何度も可能となるのです。

ヒールも他の既製靴にありがちな、既に積み重なっているのをはめ込むのではなく、一枚一枚調整しながら積み上げて作っております。この方法だとヒールを水平に仕上げやすくなり、安定性が良くなります。これらのヒールパーツやアウトソール、ウェルトはレンデンバッハを使用。そして、先芯、月型芯はイタリア製の革を使用。月型芯に革を用いるのは他の既製靴でも見られますが、先芯にも革を使っている既製靴は少なく、サン・クリスピンのこだわりが伺えます。革の先芯は耐久性があり、天然素材のため馴染みが良く、そして加工しやすい分、理想とするラインが出しやすいのがメリットです。

ヒールやソールの面を馴らし、磨きをかけて滑らかにしていきます。

ハンマーも使って馴らします。

仕上げに機械にかけます。なお、他のビスポーク・シュー・メイカーでは釣り込み、掬い縫い、出し縫い、ヒールの取り付け、そして仕上げまで一人の職人さんが行うのが普通ですが、サン・クリスピンは既製靴メイカーでもあるため、能率を考えてでしょう、ご覧のとおり、各作業は分担されています。

最後のポリッシュの工程。女性陣が手作業で仕上げます。04年時に訪問した際は、この作業もお一人で行われていました。

アウトソールの色づけも手作業ですね。

クリームはイタリア製を使用していました。

そして完成品が並べられ、出荷を待ちます。

完成品の一つ。このモデルのように、トラッドをベースに半ひねりから一ひねりぐらいのデザインを加えるのがサン・クリスピンらしさですね。

エラスティックに面白い色柄があり、MTMやビスポークではそれぞれ選べるので、その合わせ方も楽しめますね。

アッパー革とゴアを別色にして、そのコントラストが映えるサイドゴアブーツ。甲の部分に入ったスティッチは単なる飾りかもしれませんが、ここに接ぎを作る事により、さらにアッパーに立体性を持たせる狙いもあるのかもしれません。

ウィーンのブランドらしくボタンアップ・ブーツも作っておりますが、このなかなか見ない色合わせはサン・クリスピンらしいですね。

伺った当時、「半年前から始めた」と言う、レディースのサンプル。コバの張り出しがかなり抑えられ、レディースらしい華奢な仕上がりですね。

一見、マッケイ製法かと思えるほどコバが出ておりませんが、れっきとしたウェルト製。しかもこのモデルについては、木釘も使ってないのだから驚きです!それだけ奥深くで出し縫いをかけている、素晴らしい仕事です。これはビスポークならともかく、既製靴ではなかなかお目にかかれません。

サン・クリスピンのホールカット。履き口周りを別色にしてデザインのアクセントにするのは、マテルナやマフテイなどで見られる、ウィーンらしい方法です。

そして通常、ホールカットだと縫い目がヒール中央に入りますが、これはわざとずらしてあります。これはイタリアでしばしば見られる方法で、それもそのはず、パターンとデザイン担当のCristiana Barbu(クリスティアナ・バーブ)さんはフィレンツェでパターンとデザインを学んだそうです。
このわざとシームをずらず理由を伺ったところ、「ヒール中央は負担がかかりやすい部分で、使い続けるうちに裂ける恐れがあるので、それを防ぐため」との事でした。

甲の部分が広く開いている、夏用の靴。淡い色合いが、いかにも夏に合いそうですね。

画像では分かりにくいですが、この夏用靴にはライニングに鹿革を用いています。鹿革は汗をかいても滑りにくく、夏用に適しているとの事。そして鹿革は、以前の代表だった、ローリッヒさんが好きな素材でもあります。また、このモデルはライニングのヒール中央にシームがないのがお分かり頂けると思います。これもイタリアでしばしば見られる、パターンの取り方です。

自社工房製の木製靴べら。これが作れるのも、自社でシュー・トゥリーを作っている強みですね。

ちなみにこの建物が、現在のサン・クリスピンの工房です。
※情報はいずれも、僕が訪問した2015年1月6日時点のものです。
※2016年2月12日、手動出し縫い機の画像を追加しました。
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