ヨーロッパで鍛えられた人特有の強さまで描いた「シューメーカーの足音」
CATEGORY靴・服飾

【はじめに】
この記事では、小説「シューメーカーの足音」の内容にまつわる事が書かれております。その点をご理解のうえ、以下の文章をお読み下さい。
昨年の10月、もしかしたら日本初?のビスポーク・シュー・メイカーを題材にした小説、「シューメーカーの足音」が出版されました。
出版の数日前には、なんと!著者の本城雅人さんからメールを頂きまして(もちろん初めて)、大変恐縮かつありがたい事に、本城さんは僕のサイトもご覧になっているそうです。
作中におけるもう一人の主人公、榎本智哉は左利きの靴職人。確かに僕、これまで何度か、左利きの靴職人さんを話題にしてきましたので、僭越ではございますが、僕のサイトも、ちょっぴりは影響を及ぼしているのかなと、思ったりもしたりして……。
僕の知る、左利きの靴職人さんたち。
松田笑子さん、古幡雅仁さん、早藤良太さん、黒木聡さん、江川治さん、リーガルTOKYOの田沼さん(フルネーム存じ上げず、すいません)、小関貴一郎さん(順不同)。あと、お名前は知らないのですが、ジョン・ロブ・ロンドンにも左利きの職人さんが二人(一人かも?)いらっしゃるようです。他にどなたかいますでしょうか?
ジョン・ロブ・パリのラストメイカーであるジョン・マビーユさんも、以前に掲載されていた写真を見ると、ラスプ(ラストメイクに使う鉄やすりを"ラスプ"と言うのを、「シューメーカーの足音」で知りました)が左利きの持ち方でした。実際はどうなのでしょうか?
「最高級靴読本5」に登場していたアンジェロ・コモッリさん、左手でペンを持っていたので、左利きなのかな?と思ったのですが、とある方に伺ったところ、実は右利きで、それでいて左手で作業したりもするそうです。器用ですねー。
靴修理職人さんでしたら、池袋-目白間にある靴修理店、「glue」の店主さんが左利きでした。靴磨き職人さんでは、ブリフト・アッシュの上地さんが左利きですね。
もっとも、利き手と靴作りの腕前は直結しないでしょうから、とりわけ職人さんの利き手を気にする必要はないのだと思います。ただ、世の中のほとんどが右利き前提となっておりますので、左利きの方は、左手で作業したくとも、どうしても右手を使わざる得ない場面が出てくるんですよね。
靴作りで言うならば、職人大国のドイツでは、左利き用の靴職人道具が売られているそうですが、価格は右利き用の3倍するそうです。ドイツ以外の国では、左利き用の道具はなかったりするため、そう言う場合は自分で加工するのだとか(右利きの方もそれなりに加工しますが)。こうやって、常日頃から工夫を求められ、両手を使う機会も多い左利きの職人さんは、右利きよりは器用になりやすいよね、と思います。
今をときめく、世界のスーパー・トップ・アスリート、澤穂希選手も左利きのようです。箸を左手で持っていましたし、腕時計を右手首につけていました。でも、試合を観ると、両足使っていますね。さすがは澤選手です。FIFA年間最優秀選手賞受賞、超おめでとうございます。
さて、「シューメーカーの足音」について。やはり靴マニアが読むと、自分の知識や経験、そして興味が刺激されて、思わず微笑みながら読んじゃいますね(笑)。
作品は主人公・斎藤良一のお店にて、ビスポーク・シューズを注文するところから始まりますが、その注文客の姿に、初めてビスポーク・シューズを注文した自分を思い出した、靴マニアの方は少なくないと思います。
そして、作中でカール・フロイデンベルグのブラックコーヒー色が出てきた時は、僕自身も、この革でビスポークしたよなあと思ったり……。
斎藤が書いた、「極上の靴磨き」、僕だったら、この方法はやらないかなと思ったり……。
モスグリーンの革に黒のワックス、もしくはバーガンディの革にネイヴィーのワックスを塗り込む方法、僕もやってみたいなと思ったり……。とは言っても僕、モスグリーンの靴は持ってないんですけどね(笑)。
さらに、フォスター&サンの松田さんが監修しているせいもあるのでしょうけど、靴作りの知識も得られて、この点も靴マニアとしては楽しめます(笑)。
例えば、英国のビスポーク・シューズで用いる、ウィールについて。1年半ほど前の日本の雑誌では、「英国ビスポーク・シューズにおけるドレス・シューズは、ウィールは10番と決まっている」と書かれておりましたが、これは間違いで、本当は、通常は12番、ドレス仕様の場合は14番、ソール厚めなら10番、ダブルソールだと10番か8番だそうです。つまり、「シューメーカーの足音」に書かれているのが正解です。
その一方で、疑問点もわいてきます。斎藤の靴を真似て作っている、榎本のビスポーク・シューズ価格が10万円となっておりました。しかし、ある程度、工程を省いたフルハンドメイドだったらともかく(一言でフルハンドメイドのビスポーク・シューズと言っても、手間のかけ方は様々)、本来の英国式によるビスポーク・シューズで10万円だとしたら、その価格設定は相当苦しいだろうと思います。いや、実際には無理かもです。しかも作中では、さらに8万円まで下がっているし……。
もしかしたら榎本は、斎藤の靴を参考にしつつ、価格相応に手間や材料費を落としたのかな?と、考えてしまいます(笑)。
他にも靴作りについての記述は多く、靴マニアとしては嬉しい限りです。本城さんご自身、靴がお好きなだけあって、靴作りについて調べるのは苦にならず、むしろ楽しい作業だったのではないでしょうか。
そして、何人もの職人さんが登場するだけあって、実在する職人さんの姿が次々と浮かびますね。
都内の有名ホテルで四十年靴磨きをやっていた職人さんのくだりに、井上源太郎さんの姿を思い浮かべたのは、僕だけではないと思います。
白のブラウスにグレーのスラックス、革靴着用。そして、その上からエプロンをかけると言った、英国靴職人さんのドレスコードのようなものが書かれておりますが、これを読んで、僕はフォスター&サンの松田さんの姿が思い浮かびました。と言うのも松田さん、これとまったく同じ服装で、接客して下さった事があるんですよね。
そして、斎藤良一が下ネタを言うシーンがありますが……。
確かに靴職人さんって、下ネタが(大)好きな人多いよなと思ったり……(日本人だけではない)。
斎藤の工房では、紅茶をティーバッグで淹れて飲むシーンがありますが、これもフォスター&サンと同様だと思ったり(作中のように1時間に一回かは知らないけど)……。と言いますか、紅茶のエピソードについては、テリーさんのお名前が出ていましたね(笑)。
他にも、実在の方と重なり合うシーンはたくさんあるのですが、その中でも特に印象深く、衝撃が走ったシーンがあります。
それは、292ページです。
主人公、斎藤良一の師匠の台詞。
「これまで何人も日本人が弟子にして欲しいとやって来た。だが、オレは断った。そのほとんどが、『お金は要りませんので』と言うからだ。だが、お前は違った。たいして実力もないくせに『給料もいただきたい』と言った。(中略)意識だけはプロの職人だった。だからオレは雇ったんだと」
これを読んで、以前はケルン、現在はウィーンで活動する靴職人、四之宮玄騎さんの姿がまざまざと思い浮かびました。
「欧州に来て、無給でもいいから働かせて下さいって言う日本人靴職人がいるけど、あれは無責任な行為だ。そう言う前例を作ってしまったら、その後にやって来る日本人靴職人も、ただ働きするはめになる。働く以上、相応の給料は貰うべきだ」
かつて、四之宮さんはそう話しておりました。
現在、欧州で修行している日本人靴職人さんは多いのですが、その中にはただ働き、もしくは雀の涙程度のお給料で働いている方もいらっしゃいます。四之宮さんは、そう言った状況に苦言を呈していました。
四之宮さん自身、これまでルドルフ・シェア&ゾーネをはじめ、複数のメイカーで正社員としてお給料を貰って働き続けており、さらにドイツの整形靴マイスター資格も取得しております。欧州で確かな実績を積み上げてきた四之宮さんだけあって、その言葉には説得力があります。
斎藤の親方、そして四之宮さんの言葉の根底にあるのは、「職人なんだから技術を売れ」だと思います。
無給でも働きたい。その健気な気持ちは僕も分かるのですが、その謙虚さはあくまで日本人的美徳であって、欧州で通用する考え方ではないようです。
自ら技術を売れない職人は、欧州では通用しない。
そう言えるのかもしれません。
そう言った、欧州ならではの精神。欧州で鍛えられた人特有の強さまで描いた、「シューメーカーの足音」は凄いなと思いました。本城さん、ここまで書ききったのか!と。
また、僕が思うに、「無給でも働きたい」と言うのは、相当熱意があるように見える一方で、見方を変えると卑怯な方法とも言えるのかもしれません。弟子を取りたくない職人さんにとって、弟子入りを断るのが難しくなるからです。
そして、いざ無給で働くと言っても、それがずっと続くと言うわけにもいかないのは、想像に難くありません。だからこその、主人公の親方の言葉であり、四之宮さんの言葉ではないかと思いました。
もっとも、僕は欧州に住んだ事もないし、職人でもないですから、僕が勘違いしているだけかもしれませんが(笑)。
この主人公の親方の台詞が、僕が一番好きなシーンです。あとはエピローグも好きですね。一心不乱に作業する職人の姿、置く、擦る、拭うなどの細かな作業音が聞こえてきて、リアルな描写に魅せられました。
「シューメーカーの足音」は、ビスポーク・シューズに興味のある方に間違いなくお薦めできますが、個人的には、これから靴職人を目指す方に、特に読んで頂きたいです。ビスポーク・シューズについての知識はもちろん、職人の精神も学べるかと思います。
靴を作れもしない、たかが一靴オタクのうえ、執筆についても素人の僕が、偉そうにすいませんね。
「これまで何人も日本人が弟子にして欲しいとやって来た。だが、オレは断った。そのほとんどが、『お金は要りませんので』と言うからだ。だが、お前は違った。たいして実力もないくせに『給料もいただきたい』と言った。(中略)意識だけはプロの職人だった。だからオレは雇ったんだと」
これを読んで、以前はケルン、現在はウィーンで活動する靴職人、四之宮玄騎さんの姿がまざまざと思い浮かびました。
「欧州に来て、無給でもいいから働かせて下さいって言う日本人靴職人がいるけど、あれは無責任な行為だ。そう言う前例を作ってしまったら、その後にやって来る日本人靴職人も、ただ働きするはめになる。働く以上、相応の給料は貰うべきだ」
かつて、四之宮さんはそう話しておりました。
現在、欧州で修行している日本人靴職人さんは多いのですが、その中にはただ働き、もしくは雀の涙程度のお給料で働いている方もいらっしゃいます。四之宮さんは、そう言った状況に苦言を呈していました。
四之宮さん自身、これまでルドルフ・シェア&ゾーネをはじめ、複数のメイカーで正社員としてお給料を貰って働き続けており、さらにドイツの整形靴マイスター資格も取得しております。欧州で確かな実績を積み上げてきた四之宮さんだけあって、その言葉には説得力があります。
斎藤の親方、そして四之宮さんの言葉の根底にあるのは、「職人なんだから技術を売れ」だと思います。
無給でも働きたい。その健気な気持ちは僕も分かるのですが、その謙虚さはあくまで日本人的美徳であって、欧州で通用する考え方ではないようです。
自ら技術を売れない職人は、欧州では通用しない。
そう言えるのかもしれません。
そう言った、欧州ならではの精神。欧州で鍛えられた人特有の強さまで描いた、「シューメーカーの足音」は凄いなと思いました。本城さん、ここまで書ききったのか!と。
また、僕が思うに、「無給でも働きたい」と言うのは、相当熱意があるように見える一方で、見方を変えると卑怯な方法とも言えるのかもしれません。弟子を取りたくない職人さんにとって、弟子入りを断るのが難しくなるからです。
そして、いざ無給で働くと言っても、それがずっと続くと言うわけにもいかないのは、想像に難くありません。だからこその、主人公の親方の言葉であり、四之宮さんの言葉ではないかと思いました。
もっとも、僕は欧州に住んだ事もないし、職人でもないですから、僕が勘違いしているだけかもしれませんが(笑)。
この主人公の親方の台詞が、僕が一番好きなシーンです。あとはエピローグも好きですね。一心不乱に作業する職人の姿、置く、擦る、拭うなどの細かな作業音が聞こえてきて、リアルな描写に魅せられました。
「シューメーカーの足音」は、ビスポーク・シューズに興味のある方に間違いなくお薦めできますが、個人的には、これから靴職人を目指す方に、特に読んで頂きたいです。ビスポーク・シューズについての知識はもちろん、職人の精神も学べるかと思います。
靴を作れもしない、たかが一靴オタクのうえ、執筆についても素人の僕が、偉そうにすいませんね。
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