ありがとう清水、さようなら清水、頑張れ清水!!!
何だか僕、今にも泣きそうなんですけど。
いつかこの日が来るかも……と予想はしていたのですが、いざ現実となると、あまりにも悲しすぎます。
移籍が、清水本人のためであるとは僕も重々承知しているのですが、それでも、あまりにも、惜しすぎる選手です。
清水は入団1年目からスタメンに入り、クリーンナップを打つ事すらあった大活躍。新人王候補にも当然名が挙がりました。
この時から、清水の打撃技術は光っていました。ストライクゾーンを一瞬で切り裂く超速スウィング、窮屈な内角球も一気に振り抜くキャノンライナー。
清水の打撃に、巨人の未来を見たのは僕だけじゃないはずです。
でも、監督が悪すぎました。入ったチームが悪すぎました。
確たる証拠がないのに、1年目から「清水は左に弱い」と勝手に決めつけられ、左投手相手だとベンチ行き。
だって当時、巨人には広沢がいたもんね。せっかく獲得した広沢を使わなきゃいけなかったもんね。
広沢ってヤクルト時代、外野手失格になっていた選手なのにね。
シーズン終盤では、ちょっと活躍しただけの井上が入った事もあったな。
広沢と井上は、この年、打率1割台だったな。
ちゃんと分かっている解説者さんが、口を揃えて言っていたのを、僕はよーく覚えています。
「左投手相手でも、清水は使った方がいいですよ。清水はそんな選手じゃないですよ」
1年目の清水は、この左投手相手の時に外されてしまうのが影響して、規定打席未到達で終わります。これがネックとなって、清水は新人王のタイトルを仁志に奪われました。
仁志も確かに活躍したんですが、もし清水が規定打席に到達していたら、この年の新人王は清水だったと思います。
96年のシーズン終了後、落合博満氏は言いました。
「清水、あいつは凄い打者になるぞ」
また、松井秀喜氏と金田正一氏だったかで、こんな対談もありました。
「将来は3番清水、4番おまえ(松井)になりそうだな」
近い将来、きっとそうなるんだろうなあと僕も信じていましたよ。
97・98年と清水は2年連続3割、チーム最高打率を記録しました。広沢の力も衰え、だんだんと左投手相手でも起用されるようになって来ました。
しかし、99年に途中加入した右のスラッガー、ドミンゴ・マルティネス。
長嶋監督はこのマルティネスにレフトを守らせると言う、奇想天外な珍案で、またも清水を追い払った。
その年の契約更改では、ホームラン数が少ないと言う理由で清水は年俸があまり上がらず。
それならばと、翌00年はホームラン狙いに行くと、打撃を崩して成績下降と、もう踏んだり蹴ったり。
そして、長嶋監督の「清水は左に弱い」と言う信念は、この期に及んでも揺るぐ事なし。
01年も、清水は打率3割を打ちながら、代打に堀田や福井を出される屈辱を受けました。
ちなみに堀田は、この年、ノーヒットで終わった選手です。
また、この年はマルティネスも成績が下降したんですが、今度は元木がレフトを守るようになりました。
清水が積み上げて来た実績を、巨人は毎年踏みにじっていましたね。
ただ、この01年は、清水にとって相当悔しかったのか、代打やチャンスでは打ちまくっていました。
02年になって原辰徳監督が就任。ようやく真価が分かってくれる監督の登場です。そして、原監督が打ち出した堂々たるプラン。
「トップバッターは清水。レギュラー固定」
清水はトップバッターとして、ミート重視の打撃に切り替え。バットを寝かせ気味に構えて、ボールとの距離を短くしました。これが功を奏してか、かねてからの引っ張りだけでなく、外角球をセンター返しする技術も向上。
毎試合のように、ヒットの雨あられ。元々、固め打ちの多い打者。イチローの持つ、シーズン最多安打記録も更新できる猛ペースだった。
しかし、記録が囁かれ出すと、だんだんと打撃に硬さが出てきて、ヒットのペースも下降線。結局、当時のセ・リーグ記録にも、1本及ばずに終わった。
きっと、これまでの自分では信じられない、スター扱いに馴れなかったんだろうなあ。
それでも清水は、ベストナインと最多安打のタイトルを獲得。もっとも、清水が獲得したタイトルはこれだけって、その打撃技術を見ると、正直、なかなか信じられないんですが……。
余談ですが、この年、
1番・清水
2番・川相
このスタメンが発表された日なんて、僕はもう、感動のあまり死にそうになりましたよ。
清水の打撃に衰えが見え出したのは、05年後半ごろかな?これまでは清水のスウィングが速すぎるあまり、引きの右手が見えないほどだったのですが、この頃から見えるようになっていたのです。
そして06年から、やはりと言うべきか、清水の成績が落ち始めます。
ただ、この年には二つ、僕にとって、清水の印象的なプレイがありました。
まず一つが、以前にも書きましたが、流し打ちをするようになり、四球も取るようになっていたんですね。清水も衰えを自覚しているのか、自分の新しいスタイルを模索しているように見えました。
そしてもう一つあります。それは06年4月2日、開幕第三戦の横浜戦、第2打席です。
投手は吉見。清水はインコースから入ってくる、緩いスライダーに手を出しました。清水の上半身は開き、体勢は崩れました。打ってもファウルか内野ゴロです。
しかし清水は、泳ぎつつもバットのヘッドは残してジャストミート!そして右手一本で振り抜きました。
なんと打球は、ライトポールを巻くホームラン!
後にも先にも、あんな体勢でスタンドまで持っていた打者は、清水しか見た事がありません。解説の中畑氏、水野氏も賛辞と驚嘆の声を連発。
これぞ、打撃職人清水。清水隆行が見せた神業でした。
ただ、06年が良かったのはこの序盤から、6月3日・4日と連日のサヨナラ打を放ったあたりまで。その後は凡打ばかり。
翌07年は、前年から模索していた流し打ちが効果を挙げたか、シーズン終盤に巧打を連発しました。
でも、今年は良いところがまるでなく、外野手ではラミレスは言うまでもなく、鈴木、亀井の活躍も目立ちました。
他にも、お馴染みの高橋由、矢野、谷に、今年から加治前、隠善も出てきました。もう清水の居場所がありません。
本人の事を考えたら、今回は遅すぎる移籍かもしれません。でも僕は、巨人で活躍する清水を見たかったんだよおおおおおおおお!!!!!!!!
移籍先は西武ライオンズ。以前から、本来なら清水は、中日か西武あたりの野球がフィットするんだろうな……と思っていたので、良い移籍先だと思います。
振り返れば、清水にとって、散々な目に合ってばかりの巨人時代でした。自チームによって野球人生を台無しにされかけては、清水はいつも腐る事なく、実力で這い上がって来ました。巨人ファンとして本当に感謝です!
と言いますか、清水は巨人での不遇な時期がなければ、毎年首位打者争いして、日本代表にも選出され、ヘタすりゃメジャー挑戦していたんじゃねーの?とも思ったりします。僕の過大評価でしょうか……。
メジャーとまでは言わなくとも、本来なら、そろそろ2000本安打を達成していてもおかしくない打者です。
これまでの巨人の起用法が、あまりにも中途半端すぎました。清水が西武でレギュラー出場できるかは分かりませんが、僕はもう一花、いや二花、三花、四花、いやいやもう五花でも六花でも咲かせてくれる事を、僕は切実に祈っております!!!!!!
ありがとう清水、さようなら清水、頑張れ清水!!!
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