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元清水エスパルスのマルコーン

Jリーグ草創期からのサッカーファンなら、おそらくご存知であろう。

ブラジル出身の長身FW、元清水エスパルスのマルコーン。

93年後期(要するにニコス・シリーズ)のJリーグ、首位を走るヴェルディ川崎に対し、2位に食らいつく清水エスパルス。そのエスパルスのレオン監督が、ヴェルディとの直接対決を制すべく、わざわざ急遽獲得した「秘密兵器」。それがマルコーンだ。

おそらくJリーグ史上初、「秘密兵器」と呼ばれた選手であろう。レオン監督の期待たるや相当なもので、ヴェルディ戦では、この選手がゴール決めて勝つ予定だったはずだ。



しかし当然、そう簡単にはいかないのが勝負事。いざ始まった天王山、ついにお披露目となった「秘密兵器」だが、スピードはないし、ヘッドは勝てないでてんでだめ。そして極め付けは、この緊張感みなぎるさなか、ボールに乗ってスッこけてしまう珍プレイだ。

期待が大きければ大きいほど、その落胆も激しいもの。エスパルスサポーターの気持ちたるや、初めて「燃えろ!プロ野球!」や「たけしの挑戦状」をプレイした時と、きっと同じものであったろう。

マルコーンはその後も名誉挽回するプレイもなく、エスパルスは敗戦。点は取るはずが笑いを取った、強烈なる珍助っ人、それがマルコーンだ。

さて、そのマルコーンだが、つい先日、驚異の事実が判明した。

なんと、ポルトガルリーグ2部の98-99シーズン、99-00シーズンと、2年連続得点王となっているのだ!!

たかだか2部じゃ~ん!と言われればそうなのだが、それでもあのマルコーンがですよ。このポルトガルリーグ2部って、一体どのくらいのレヴェルなんだろうか?Jリーグ草創期と比べてどっこいか、それとも少し下ぐらいかな?いずれにしても、マルコーンも成長したのだろう。或いは、これがマルコーンの本領なのだろうか?レオン監督がマルコーンに期待していたのは確かだ。また、Jリーグでの出場は2試合のみで、真価を測るには難しいと言えば難しい。
とりあえずこの事実は、マイサイトにある「Jリーグ歴代外国人選手名鑑」に反映させておきました。清水エスパルスについてはこちら

しかし思い起こせば、この93年、トニーニョが怪我でシーズン早々に離脱しちゃっていたんだよね。それがマルコーン獲得の遠因になっていた。

トニーニョは元々、センター・フォワードタイプの選手で、読売クラブ時代はトップの位置でプレイ。しかし、足技にも優れていたため、清水エスパルスでは2列目でゲームメイクも行っていたのだ。空中戦はもちろんの事、ドリブルもパスもシュートも上手い。中央からパスをさばき、1対1ではドリブルで抜き去り(テクニシャンだった)、シュートも決める。FKから得点もできる。中央に置けば、ありとあらゆる仕事をこなせる選手だった。澤登が覚醒してなく、オリバが加入する前は、このトニーニョがエスパルスの攻撃を引っ張っていた。

トニーニョがいればマルコーン獲得も無かっただろうし、清水エスパルスサポーターにとっては惜しい話。でも、こう言った珍助っ人が現れるのも、プロスポーツの醍醐味ですよ。ええ、もう、読売巨人軍のファンを長年やっていれば、本当にそう思いますよ。

ちなみにトニーニョは、Jリーグ史上初であり、おそらく唯一であろうラボーナ・シュートによる得点者。96年、トニーニョはマッサーロの加入により出場機会が激減。そんな中、96年のトニーニョ唯一の得点が、このラボーナ・シュートであった。確かその試合での決勝ゴールだったはずだ。

「オレを出せ!このくらいはやってやる!」

そう言わんばかりの、トニーニョの意地が見えたプレイで、僕はちょっぴり感動ものだったのだ。

どういうわけか、トニーニョはあまり語られないですが、Jリーグ初期を代表する名手の一人だと思います。とくに94年は、ゲームメイクをこなしつつ、得点もチーム一。この年、清水エスパルスで一番貢献した選手であった。ただ、弱点はスピードがない事。レッズ時代は、バインのスルーパスを活かしたカウンターサッカーに馴染めず、ボリが怪我したせいもあって、やがてDF起用になっちゃったね……。

さて、マルコーンもいなくなった翌94年、その後期(要はニコス・シリーズ)に、マルコーンを6ランクグレードアップさせた"晩成選手"が、清水エスパルスにやって来た。後にリーガ・エスパニョーラで大活躍するジャウミーニャだ。もっとも、93年ブラジル全国選手権のベストイレブンなので、晩成は言い過ぎかもしれないけど。

94年前期(要はサントリー・シリーズ)、エスパルスのCFを務めていたのは永島。その永島が、後期から監督となったリヴェリーノと不仲になり、それが原因でジャウミーニャを獲得。

この稀代のファンタジスタを、リベリーノ監督はFW起用していたんだよね。

しかし、このジャウミーニャ、ボールタッチの柔らかさこそ光っていたが、何しろ空中戦に弱く、トップを任せるには頼りなかった。なぜこんな起用をしてしまったのか?リヴェリーノ監督は、過去に指導者としての経験がなかったのだ。

かくして、トップにジャウミーニャ、2列目にトニーニョと、明らかにポジションが逆の現象が起こった。まあ、トニーニョはそれ以前からゲームメイカーの仕事は果たしていたので、変更するのもなかなか勇気が要ったのかもしれないけれど。

Jリーグではトニーニョが初披露したラボーナだけど、このラボーナこそ、実はジャウミーニャの得意技。ジャウミーニャは94年後期限りで日本を離れたが、リヴェリーノ政権が長続きすれば、もっと日本にいた可能性もあったわけで、そうなると、Jリーグ初ラボーナ・シュートもジャウミーニャになっていたのかもしれない。

マルコーンにまつわる話のつもりが、後半は全然まつわってない、もろもろの話でした。

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2007年03月22日(Thu) 03:12
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2007年03月22日(Thu) 03:14












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