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WHIPとは上原のためにある言葉、K/BBとは上原のためにある言葉、鋭利精密のエース、外角低目の支配者、上原浩治投手引退

僕が見てきた中で最もコントロールが良い投手、上原浩治投手が引退となりました。

あのアウトローギリギリを「突く」んじゃなくて、「かすめ取って」、打者が手が出ず、見逃し三振。あれは上原投手ならではの、巨人ファンとしては「決まったあ!」と言いたくなる、上原投手の得意技ならぬ特異技でした。

一人だけ異次元の制球力のため、WHIPとK/BBと言う指標は、上原浩治投手のために存在しているかのようでしたね……。

・球速表示以上に威力のあるストレート
・コントロールが良い
・少ない球種をアレンジして組み立てるピッチングスタイル
・ピンチの時にギアが上がる、ペース配分の上手さ
・三振を獲る、打たせて獲る、の両方ができる投球の巧さ
・勝つ投球、負けない投球、の両方ができるゲームメイクの上手さ
・だから勝率が高い
・ストライク先行の投球のため無駄球が少ない
・だから完投数が多い
・だから試合時間も短い


と言う特徴は、江川卓投手、斎藤雅樹投手とも共通する、いかにも「巨人のエース」らしいエースでした……。短い試合時間で終わるのは、「アッサリ相手を片付けた」感が強まって、カッコ良いなあと思うんですよね。

ちなみにこれらの特徴の多くは、現巨人のエースの菅野智之投手にもしっかり受け継がれていますね。

そして何より、上原投手は国際試合無敗と言う大記録が光る!

よく言われる第1回WBC準決勝での鬼気迫る快投は、僕にとっての上原投手のベストピッチ。1989年日本シリーズ第4戦、香田勲男投手の完封勝利とともに、巨人ファンとしては最高にしびれるシーンでした。

他にも僕にとって、上原投手の印象的なシーンはたくさんあります。その中の一つに、2001年の斎藤雅樹、槙原寛己、村田真一の引退試合があります。

矢野謙次選手の思い出

矢野謙次選手引退が悲しい巨人ファンは、僕以外にも多いと思います。

僕は昨年の松本哲也選手引退と同じくらい悲しいです。ファンだったので。

矢野は僕の母校である國學院大學出身。母校出身者が、ファンチームである巨人に入団。それだけで、もう応援したくなりますし、入団が決まった時は嬉しかったです。

そして、國學院大學野球部は、僕が入学する前年に、仙台育英高の名将、竹田利秋氏が監督に就任。つまり、野球部の強化が図られたんですね。その竹田監督の教え子で、僕とも在学期間が被っている時期があるので、思い入れもさらに深まりました。

巨人時代の背番号48番も少々ポイントでして、以前に48番を付けていた、香田勲男、ドミンゴ・マルティネスも、僕の好きな選手だったのです……。

さて、矢野は1年目から一軍出場を果たし、2年目は出番も少し増えて、3年目の2005年には開幕一軍と、順調にステップアップ。この年の5月には2試合連続猛打賞など、矢野は打率4割前後をキープする絶好調。このままスタメン奪取して欲しいなあと思ったんですが、高橋由伸が怪我から復帰すると二軍落ち。なぜかと言うと、同ポジションの外国人選手、キャプラーが二軍降格不可契約を結んでいたためです。

しかも、この年の矢野は2番で起用される事が多く、戦術上、バントや右打ちもするはめになり、持ち味である思い切りの良さ、パンチ力がなかなか活かせず。スラッガータイプなのに、この年の犠打数はチーム一だった。ここから既に、矢野の不運なプロ野球人生は始まっていた気がします。

ちなみにこの年の矢野は、新人王投票とベストナイン投票にそれぞれ1票だけ入っていました。もちろん、成績としては、新人王にもベストナインにも相応しくありませんが、頑張っている姿に心を打たれて、誰かが投票してくれたのかなあ……なんて思いますね。

そして翌2006年序盤が、おそらく矢野の全盛期。

さらば"小さな巨人"松本哲也選手

松本哲也選手が引退となりました。個人的には、清水隆行退団時と同じくらいショックです。

随分前に作った松本哲也選手のページでも書きましたが、パワーはなくとも、技術と知性で戦う姿は、「はじめの一歩」の小橋健太を彷彿。巨人では篠塚利夫選手以来の、"華麗"と"いぶし銀"が同居した選手だったかもしれない。

松本選手の代名詞とも言えるダイヴィングキャッチは、スパイダーキャッチとも名付けたくなる、蜘蛛の巣が如く驚異的に広い守備範囲。肩も強くて返球は正確で、僕がリアルタイムで観た巨人選手の中で、もっとも外野守備が上手い選手だ(二番目が亀井義行選手)。

思い出すなあ、2009年6月6日の日本ハム戦。8回表一死一二塁、3-2で巨人リードの場面、小谷野選手がセンター前ヒットを放つと、二塁ランナーの稲葉選手は三塁を回ってホームに突入。しかし、松本選手の素早く正確な弾丸バックホームでアウト!同点を阻止!

テレビ画面に映し出される、この日の先発、ダルビッシュ投手の残念そうな表情。

攻撃でも、松本選手はチーム唯一の2安打を放ち1打点1得点の活躍。まさにダルビッシュ投手の前に立ちふさがった小さな巨人でした。

そして松本選手と言えば、ファウルカットして投手を消耗させるのも得意技。2009年はそれが冴えわたった。


05年5月13日西口文也投手ノーヒットノーランならず。実況「西口さん、三度目の正直で、次はお願いしますね!」

今年は例年以上に一時代を築いた野球選手の引退が多い気がします。そして、その一人である西口文也投手、巨人ファンの僕としては、05年5月13日の巨人VS西武戦、ノーヒットノーランを逃した試合が思い出されます。

この試合の西口投手、ストレートは130キロ台後半だったんですが、9回表一死からの初球、ストレートは142キロ。

「スピードが142(キロ)でね、力入れてきましたよ」

このストレートに、解説の東尾修氏がコメント。

そして、ついに9回表二死まで来た西口投手、初球は131キロのスライダーが真ん中に。それを清水隆行選手がファウル。コースは甘かったものの、スライダーのキレが良すぎて打ち損じました。でも、タイミングは合っていました。捕手真後ろへのファウルです。


斎藤隆投手の思い出(山下大輔監督采配の思い出)

斎藤隆投手が今季限りで引退だそうですね。90年代後半は野村弘樹投手、三浦大輔投手とともに、横浜ベイスターズ先発陣を支えておりましたね。

僕が斎藤隆投手で一番最初に思い出すのは、03年4月27日の巨人VS横浜戦でしょうか。

この試合、横浜の先発、斎藤隆投手の出来が素晴らしく、巨人打線を4回1/3までノーヒット、その後も無失点に抑え続けます。

「こりゃー、完封負けもありうるな」

そう思いながら、僕は試合中継を観ていました。

そして横浜が3点リードで迎えた8回表、斎藤投手はツーアウトを取るものの鈴木尚広選手の内野安打と万永選手のエラーで、不運にも一二塁のピンチを招きます。とは言え、ツーアウトですし、斎藤投手はここまで無失点無四球7奪三振、打たれたのはシングルヒット3本のみと、まったく危なげない内容でした。

しかし、ここでマウンドに向かう山下大輔監督!