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奥村雄大(鴈龍太郎)さん、どうもありがとうございました。

奥村雄大さんと僕

大変遅れ馳せながら、鴈龍太郎さんがご逝去されていたと知りました……。まだお若いのに……。僕としては、本名である奥村雄大(たけひろ)さんの名の方が馴染み深いですね……。

雄大さんとは、1983年10月と1984年3月の舞台版「座頭市」にて共演させて頂きました。そして、この1983年10月の「座頭市」公演が、雄大さんの初舞台と聞いております。

「お兄ちゃん、年いくつ?」
「19歳だよ」
「僕とお兄ちゃんは"大人"じゃないね」

公演当時、そう言った会話をしましたね。確か1983年10月公演の出演者で、未成年男性だったのは雄大さんと僕だけだったと思います。

雄大さんのお父様である勝新太郎さんは大変優しい方で知られており、全くそのとおりなのですが、雄大さんご自身も大変優しい方でした。


Japanese high-end shoes go to Europe,,,Skomaker Dagestad by Santari(日本製高級靴が欧州へ……スコマーケー・ダゲスタッド特注サンタリ)

ステファン・ラヴナンゲルさんと舘篤史さん

北欧を代表する高級靴店、Skomaker Dagestad(スコマーケー・ダゲスタッド)のスタッフ、Stefan Ravnanger(ステファン・ラヴナンゲル)さんが久々に来日。今回は複数の都市を巡ったそうで、11月12日には山形の宮城興業を訪問。そして13日には上京し、Tate Shoes(タテ・シューズ)を訪問しておりました。

上画像左が、タテ・シューズ代表の舘篤史さん。右がステファン・ラヴナンゲルさんです。ステファンさんによると、ダゲスタッドでは海外通販も行なっているため、日本から注文もあるそうです(笑)。

ステファンさんのご活躍により、以前から日本製品も取り扱うダゲスタッドですが、現在は宮城興業に、このタテシューズオリジナルブランドのSANTARI(サンタリ)アディクト・クローズなど、さらに増えています。

特にサンタリについては、ダゲスタッド特注モデルと言うのが注目すべき点でして、同店では、Skomaker Dagestad by Santari(スコマーケー・ダゲスタッド・バイ・サンタリ)の名で販売されております。

以前にダゲスタッドではサン・クリスピンを取り扱っており、そのサン・クリスピン同様に、靴好きが楽しめるよう、オーダーやMTOに柔軟に対応してくれ、それでいてサン・クリスピンと同じくらいの価格で、もっと綺麗で丁寧な作りのメイカーを、ステファンさんは探しておりました。そこでステファンさんはタテ・シューズに興味を持ち、この特注モデル誕生となりました。


ダゲスタッド特注サンタリフルブローグ

サンタリは出し縫い以外はハンドメイドの、いわゆる"九分仕立て"と、手間がかかっておりますが、ダゲスタッド特注サンタリはさらに手間をかけており、踏まず部分の出し縫いも手縫いしている、"九分半仕立て"です!
ウェルトを内部に巻き込んでいるうえ、踏まず部分を手縫いする事で、出し縫いを奥深い位置に入れられるため、よりシェイプが利いた、グラマラスなフォルムとなっております。


ダゲスタッド特注サンタリフルブローグのアウトソール

しかも、フィドルバックです。

「クォリティはサン・クリスピンを超えていると思うし、品質も安定しています。本当にビスポークのような見た目だし、作りはビスポークとほぼ同じと言えると思います。靴オタクのように細かく気にしなければ(笑)」

ダゲスタッド特注サンタリの出来栄えを述べるステファンさん。品質も安定しているのは日本人らしさでしょうか。または、タテ・シューズが少数で製作しているゆえかもしれません。


木内みどりさん、どうもありがとうございました。

木内みどりさんと僕

木内みどりさんとは、33年前に「美味しんぼ倶楽部」にて、ご一緒にレギュラー出演させて頂きました。もう69歳だったんですね……。木内さんは陽気でとても話しやすく、僕は木内さんの楽屋に行っては、よく遊んで頂いたのが思い出されます。

木内さんは僕たち出演子役を活かして、出演コーナーを盛り上げようと力を尽くして下さったのですが、僕の理解力、対応力がひどすぎて、木内さんの気持ちに応えられていませんでした。申し訳ありませんでした。めっちゃくちゃ力不足の僕なのに、巧みに番組を回して下さった、木内さんは凄いなと頭が下がります。

そして、全然お役に立ててない僕なのに、いつも優しく温かく僕と接して下さった木内さんには本当に感謝です。

木内さんが僕の事を覚えていて下さっているかは分かりませんが、もし木内さんと再会できたら、番組のお役に立てず、ご苦労をおかけした事をお詫びしたかったです。

木内さんとお仕事して、非常に勉強になりました。心よりお礼を申し上げます、どうもありがとうございました。ご冥福をお祈り致します。

愛和毛織がきっかけで僕は日本製生地にも興味を持つようになった


今年の7月下旬、手持ちのビスポーク用生地の棚卸しみたいな事をやりまして、この際、せっかくだから写真に撮ってSNSにアップしたら、何かのネタになるかな~と思い、一日一回のペースで生地画像を投稿しております……。

公開してみたら、生地会社さんなどから反応があって、今まで疑問だった事、知らなかった事が分かって、公開して良かったなーと思っております♪SNSを通じてご教示下さった皆様、どうもありがとうございます!


特に御幸毛織さんには何度も教えて頂いて、感謝でございます。お手間をかけてしまい、恐縮です。どうもありがとうございます!

さて、その御幸毛織をはじめとした日本製生地に、僕が興味を持つきっかけとなったのが、愛和毛織です。


大棟梁・阿部慎之助選手の思い出

巨人の大棟梁・阿部慎之助選手が引退となりましたね。その功績と存在感はひたすら大きかったです。

僕は阿部選手のプロ初打席、2点タイムリーツーベースをリアルタイムで見ていました(TVでね)。

「プロ初打席でこのチャンス巡って来て、しっかり打てる!この選手、絶対大成するぞ!」

僕はその時にそう直感しましたが、予想通りの大選手になりました。なお、この試合の阿部選手は次の打席でも2点タイムリーヒットを放ち、計4打点。プロ初出場でヒーローインタヴューを受ける、見事なデビューを飾りました。

とは言え、まだ新人の阿部選手、やはりリードが未熟だったようで、先輩の西山一宇投手とサインが合わず、西山投手にマウンドに呼びつけられたり、この年の終盤、優勝争いが激しい頃には、試合途中からヴェテランの村田真一選手と交代となる場面もありました。

「未熟な選手」と公衆の面前で見せつけられて、阿部選手は精神的に相当きつかっただろうなと思います……。